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循環器領域には癌は稀ですが、抗がん剤の副作用による心機能疾患は稀ならずあります

現在ではonco-cardiology(腫瘍心臓病学)のガイドラインも作成されておりがん治療関連心機能障害は「左室駆出率がベースラインより10%以上低下し、かつ正常下限値を下回る状態」と規定されています

左室駆出率は通常の心臓エコーでTechholz法やmod-Simpson法で測定されるものですが、最も鋭敏な指標はスペックルトラッキング法によるlongitudinal strain 法による計測と言われています

当院でも心臓エコーでもこの方法で測定することはありますが第一に用いる方法ではありません

特にがん治療関連心機能障害の多い抗がん剤は、アントラサイクリン系薬剤・HER2阻害薬・CHOP療法・VEGF阻害薬・BCR-ABL阻害薬・RAF/MEK阻害薬と言われておりこれらの薬剤で治療中は3~6月毎の心機能評価が推奨されていますが心機能の測定はスペックルトラッキング法によるlongitudinal strain 法を用いることが推奨されています

新しい抗がん剤の登場により循環器内科学も変わりつつあると最近実感します

 

 

心室の壁が痩せて収縮力が低下し心不全に陥る拡張型心筋症は珍しい病気ではありません

球体の内圧をP、半径をR、壁にかかる張力をTとするとTはPとRの積で表されます

内圧が上昇すると壁にかかる張力は上昇し、また内腔が拡張すると壁にかかる張力は上昇しますので心室壁はその張力に耐えるために壁が肥厚し強度を増します

いずれの場合も壁にかかる張力を低減させる方向すなはち内腔を小さくする言い換えれば半径を小さくする方向に肥大します

これを求心性肥大と呼びます

ですので心拡大は必ず心肥大を伴いますが、心肥大は必ずしも拡大を伴いません

逆に言い換えると拡大しているのに肥大(壁が肥厚)していない心臓があれば、その時点で心筋そのものに異常があるということになります

心臓エコーでは左心室が大きく拡大しているにもかかわらず壁の肥厚がなく、収縮力が低下している場合には心筋疾患です

もちろんこういう病態を呈する疾患は他にも糖尿病心筋症・頻脈誘発心筋症・ウィルス性心筋炎・アミロイドーシスや抗がん剤の副作用など多くありますからそれらを除外する必要があります

拡張型心筋症は一般に発症年齢が若いほど重症で心臓移植の対象にもなる場合があります

診断には心臓超音波が有効です

 

心不全がある一定の期間持続すると心筋自体にダメージがおこります

心臓の内腔が拡大したり(心拡大)心臓の筋肉が肥厚したり(心肥大)といった肉眼的変化のみならず、

心臓の筋肉が線維化をおこして収縮能を失ったり心筋細胞膜のイオンチャネルの電気抵抗が変化してしまったりといった具合に心臓の構造そのものが劣化してしまいます

これを心筋リモデリングと呼びます

一旦起こったリモデリングは元に戻すことは難しいのですが、一部の薬剤にはその効果が認められ、

これをリバースリモデリングと言い、β遮断薬とイバブラジン(商品名コララン)で確認されています

ただしどういった症例でこのリバースリモデリングが期待できるかについては未だ明らかにはなっていません

ESC(欧州心臓病学会)では心不全の病型に関係なく心不全と診断されればまず導入されるべき薬剤としてSGLT2が挙げられていますが、日本ではβ遮断薬を心不全のアンカードラッグと考える傾向があるように思います

β遮断薬は副作用が多く処方には注意が必要なのですが逆にβ遮断薬にしかないメリットもたくさんあります

その一つがリバースリモデリング作用です

 

 

睡眠時無呼吸症候群は睡眠中の無呼吸・低呼吸のため脳に十分な酸素が供給されなくなり熟睡感が得られず日中の眠気に苦しめられる病気です

実は無呼吸・低呼吸時には血圧が上昇し夜間の交感神経過剰活性が日中まで持ち越され早朝高血圧や治療抵抗性高血圧の原因になります

このため、睡眠時無呼吸症候群には脳卒中や心筋梗塞が高頻度で合併し、心不全の誘因にもなります

睡眠時無呼吸症候群に合併した高血圧の場合、持続陽圧呼吸療法のみで血圧が低下することも稀ではありません

もちろん肥満を合併した睡眠時無呼吸症候群の場合には減量が効果的なのは言うまでもありません

 

心房性ナトリウム利尿ペプチドが日本人によって発見されたのが1983年で、私が大学を卒業した1987年ごろは循環器関連学会の発表演題の多くがナトリウム利尿ペプチドに関するものでした

当時は心臓は単なる筋肉の塊と信じられており、心臓からホルモンが分泌されるという発見が驚きをもって迎えられました

心房筋への圧負荷が高まると分泌され、強力な利尿作用で循環血液量を減らしますので現在では薬品として精製され心不全治療薬「ハンプ」として臨床応用されています

その後、心室からも同様に利尿作用のあるホルモンBNPを分泌されることが発見され、これは現在心不全の診断の指標として用いられます

BNPは心室筋から分泌され、心不全以外に心肥大やある種の不整脈でも増加します

ところで、ANPは心房筋から分離精製されたためANP(Atrial natriuretic polypeptide:心房性ナトリウム利尿ぺプチド)と呼ばれますがBNPは最初豚の脳から分離精製されたためBNP(Brain natriuretic polypeptide:脳性ナトリウム利尿ペプチド)と呼ばれます。

しかし現在では人間においては主に心室筋から分泌されることが分かっています

BNPの前駆体であるPro-BNPが心室筋から分泌され直後にN末端(タンパク質やポリペプチドにはN末端とC末端があることは高校の生物で習いましたね)とBNPに分かれることからNTーProBNP(ProBNPから分離したN末端部分)はBNPと同じモル数が存在することも知られており、

血中のBNP濃度を反映することから血中BNP濃度の代用としてNT-ProBNPは測定されます

発作性心房細動のある方が、ある時心不全でもないのに急にNT-ProBNPが上昇した場合にはごく最近の心房細動発作を疑う根拠になります

また腎機能低下や加齢、心肥大などでも上昇しますし、意外なことに脱水状態でも高値を示す場合があります

 

 

 

 

 

降圧薬のうちβ遮断薬が処方に最も注意が必要な薬かも知れません

降圧以外の副作用が大きく、その反面他の降圧薬にはないメリットもあります

特に心不全を合併した場合にはまず初めに考慮するべき薬剤です

何かの手術を受ける際にその前後の期間を周術期と呼びますが、周術期には心筋梗塞や脳卒中などのイベントが増加することが知られています

そして周術期に新たにβ遮断薬を開始するとその期間の心筋梗塞は減りますが、脳卒中は増加するという複数のデータが発表されています

ですので周術期の新たなβ遮断薬開始には注意が必要ですが、以前から服用中のβ遮断薬は周術期に中止すると逆に死亡率が上昇することが分かっています

β遮断薬は降圧薬の中で最も注意が必要な薬ですが、他の薬にはないメリットがあり循環器疾患には欠かせない薬です

 

もう随分以前の話、私が奈良県立医大CCU(Coronary Care Unit)に勤務していたころの話です

CCUは重症心疾患を扱う集中治療室で多くの心不全患者が搬入されます

心不全は多くの場合体液過剰状態で脚が浮腫んだり胸水が貯留したりしています

肺の組織が浮腫み染み出した水が胸水で、声も出ないほどの呼吸困難に陥ります

この危機的状況から脱するために利尿剤や血液浄化法を用いて体から余分な水分を取り除きます

電解質のバランスに細心の注意を測りながら(大抵2時間毎に血液検査をします)利尿剤を注射し、また腎機能低下などそれでは十分な効果がない場合には血液浄化療法を実施します

当時は透析技師さんなどの当直はなかったので一人で回路を組み立て半透膜のカラムで除水をします

最も簡単な方法はECUMと呼ばれる方法で透析液も不要ですが、腎機能の低下した方には血液透析が必要です

個人用透析器の回路を洗浄し透析液を作成し回路を組み立て内部をヘパリン水で満たし、下大静脈に留置したカテーテルに接続します

効果は絶大で数時間で数リットルの余分な体液を取り除くことが可能で、話すこともできなかった重症心不全の方が数時間後には笑いながら話せるよ言うになりますからまるで魔法です

が、実は心不全の治療はここから始まります

心不全の原疾患、例えば弁膜症、先天性心疾患、頻脈性心房細動、心筋疾患、冠動脈疾患や他の臓器疾患からの心不全など様々でその治療をしなければなりません

場合によっては外科手術、カテーテル治療などもありますが、内科的治療すなはち薬剤を用いて心不全の再発を防止することになるケースも多くあります

この場合には目標が心不全を再発しないことや心不全で死亡しないことになりますから、病状を改善する治療ではなくて悪化させない治療です

つまり、何も起こらなければそれがゴールです

言い換えれば目に見えた改善はないので、慢性心不全の治療は見えない目標に向かって進むようなものだと仰る医師もいます

では何を指標に治療を組み立てるのか、それは今までに確立されたエビデンスです

「この治療により再入院が抑制され死亡率が低下した」というデータに基づき治療を組み立てるわけです

もちろん学会発のガイドラインもありますが数年毎の改定なので、やはり最新の知見は最新の論文を読む必要があります

大きなトライアルだけでしたら

https://www.ebm-library.jp/circ/trial/index_top.html

でも参考になります

Stunned myocardium という言葉はおそらく一般の方にはなじみが薄いと思います

日本語では『気絶心筋』などと呼ばれますが、一過性の虚血など心筋に対する強いストレスが誘因となり一時的に心筋がまるで壊死を起こしたかのように運動性の低下する状態です

時間とともに壁運動は回復するのでこんな呼び名があるのですが、たこつぼ心筋症ははじめはこのstunned myocardium の一種として日本で報告されていました

左心室の一部分にのみ壁運動異常がみられ収縮末期にはまるでたこつぼのような形をするからこのような名前になったのですが、現在では世界的に認知されTakotsubo Syndrome (TTS)と呼ばれています

高齢女性に多く精神的ストレスが誘因となるケースが多いことからbroken heart syndrome と呼ばれたこともあり、楽しい出来事も誘因になることが報告されhappy heart syndrome と呼ばれたこともあります

交感神経の一過性の過剰な興奮により増加したカテコラミンに対してβ受容体の反応性が低下して心臓の収縮力が低下するというのが一般的に支持されている仮説ですが証明はされていませんし、確立された治療方法もありません

一般に症状は時間とともに軽快し予後良好なのですが、最近では重症例も多く報告され特に右心室の壁運動異常を合併する例では予後不良と言われています

 

左室駆出分画(左心室の動き)が低下した心不全(HFrEF)に有用性の示された薬剤は多く、現在は俗にファンタスティック・フォーと呼ばれる

・β遮断薬

・アンジオテンシン変換酵素阻害薬・アルドステロン受容体拮抗薬

・SGLT2阻害薬

・ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬

が治療の中心となっています

一方、左室駆出分画の低下していない心不全(HFpEF)の長期予後改善に対して効果が実証された薬剤は無く、最近ようやくSGLT2阻害薬の有効性の可能性が言われています

現在、2型糖尿病を合併する慢性腎臓病の治療薬として用いられているフィネレノン(商品名ケレンディア)のHFpEFに対する有効性を証明した論文が発表されました

左室駆出分画の正常または軽度低下の心不全の増悪を18%低下させたそうです

現在はまだ心不全治療薬としては認可されていませんが、近い将来HFpEFに対して推奨される薬になるのかも知れませんね

 

心不全には左室駆出分画の保たれた心不全、言い換えれば左心室の収縮力の良好な心不全(HFpEF)と、左室駆出分画の低下した心不全、言い換えれば左心室の収縮力が低下した心不全(HFrEF)があります。

HFrEFに有効性の証明された薬剤は多く存在しなかでも

・β遮断薬

・アンジオテンシン変換酵素阻害薬/アルドステロン受容体拮抗薬

・ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬

・SGLT2阻害薬

の4種類は誰が名付けたか俗に「ファンタスティック・フォー」と呼ばれEFrEF治療の基本に位置づけられています。

それに対してEFpEFには長い間有効性の証明された薬剤は存在しませんでした。

ようやく最近になってSGLT-2の有効性を証明する臨床研究が発表されました。

ところで、このSGLT-2は元々糖尿病の治療薬として開発された薬剤で、尿中に糖分を排泄し血糖を下げると同時に体重減少効果もありますので「痩せ薬」としての効果もあります。

しかし、血糖を多く尿中に排泄させることから低体重の人は余計に瘦せてしまって筋肉量が減少してしまうというデメリットもあります。

短期的に症状を改善する薬剤は他にも存在しますが長期予後改善効果は証明されていません。

心不全の治療は「見えないゴールに向かって進むようなものだ」とよく言われます。

私も同感です。