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降圧薬のうちβ遮断薬が処方に最も注意が必要な薬かも知れません

降圧以外の副作用が大きく、その反面他の降圧薬にはないメリットもあります

特に心不全を合併した場合にはまず初めに考慮するべき薬剤です

何かの手術を受ける際にその前後の期間を周術期と呼びますが、周術期には心筋梗塞や脳卒中などのイベントが増加することが知られています

そして周術期に新たにβ遮断薬を開始するとその期間の心筋梗塞は減りますが、脳卒中は増加するという複数のデータが発表されています

ですので周術期の新たなβ遮断薬開始には注意が必要ですが、以前から服用中のβ遮断薬は周術期に中止すると逆に死亡率が上昇することが分かっています

β遮断薬は降圧薬の中で最も注意が必要な薬ですが、他の薬にはないメリットがあり循環器疾患には欠かせない薬です

 

もう随分以前の話、私が奈良県立医大CCU(Coronary Care Unit)に勤務していたころの話です

CCUは重症心疾患を扱う集中治療室で多くの心不全患者が搬入されます

心不全は多くの場合体液過剰状態で脚が浮腫んだり胸水が貯留したりしています

肺の組織が浮腫み染み出した水が胸水で、声も出ないほどの呼吸困難に陥ります

この危機的状況から脱するために利尿剤や血液浄化法を用いて体から余分な水分を取り除きます

電解質のバランスに細心の注意を測りながら(大抵2時間毎に血液検査をします)利尿剤を注射し、また腎機能低下などそれでは十分な効果がない場合には血液浄化療法を実施します

当時は透析技師さんなどの当直はなかったので一人で回路を組み立て半透膜のカラムで除水をします

最も簡単な方法はECUMと呼ばれる方法で透析液も不要ですが、腎機能の低下した方には血液透析が必要です

個人用透析器の回路を洗浄し透析液を作成し回路を組み立て内部をヘパリン水で満たし、下大静脈に留置したカテーテルに接続します

効果は絶大で数時間で数リットルの余分な体液を取り除くことが可能で、話すこともできなかった重症心不全の方が数時間後には笑いながら話せるよ言うになりますからまるで魔法です

が、実は心不全の治療はここから始まります

心不全の原疾患、例えば弁膜症、先天性心疾患、頻脈性心房細動、心筋疾患、冠動脈疾患や他の臓器疾患からの心不全など様々でその治療をしなければなりません

場合によっては外科手術、カテーテル治療などもありますが、内科的治療すなはち薬剤を用いて心不全の再発を防止することになるケースも多くあります

この場合には目標が心不全を再発しないことや心不全で死亡しないことになりますから、病状を改善する治療ではなくて悪化させない治療です

つまり、何も起こらなければそれがゴールです

言い換えれば目に見えた改善はないので、慢性心不全の治療は見えない目標に向かって進むようなものだと仰る医師もいます

では何を指標に治療を組み立てるのか、それは今までに確立されたエビデンスです

「この治療により再入院が抑制され死亡率が低下した」というデータに基づき治療を組み立てるわけです

もちろん学会発のガイドラインもありますが数年毎の改定なので、やはり最新の知見は最新の論文を読む必要があります

大きなトライアルだけでしたら

https://www.ebm-library.jp/circ/trial/index_top.html

でも参考になります

Stunned myocardium という言葉はおそらく一般の方にはなじみが薄いと思います

日本語では『気絶心筋』などと呼ばれますが、一過性の虚血など心筋に対する強いストレスが誘因となり一時的に心筋がまるで壊死を起こしたかのように運動性の低下する状態です

時間とともに壁運動は回復するのでこんな呼び名があるのですが、たこつぼ心筋症ははじめはこのstunned myocardium の一種として日本で報告されていました

左心室の一部分にのみ壁運動異常がみられ収縮末期にはまるでたこつぼのような形をするからこのような名前になったのですが、現在では世界的に認知されTakotsubo Syndrome (TTS)と呼ばれています

高齢女性に多く精神的ストレスが誘因となるケースが多いことからbroken heart syndrome と呼ばれたこともあり、楽しい出来事も誘因になることが報告されhappy heart syndrome と呼ばれたこともあります

交感神経の一過性の過剰な興奮により増加したカテコラミンに対してβ受容体の反応性が低下して心臓の収縮力が低下するというのが一般的に支持されている仮説ですが証明はされていませんし、確立された治療方法もありません

一般に症状は時間とともに軽快し予後良好なのですが、最近では重症例も多く報告され特に右心室の壁運動異常を合併する例では予後不良と言われています

 

左室駆出分画(左心室の動き)が低下した心不全(HFrEF)に有用性の示された薬剤は多く、現在は俗にファンタスティック・フォーと呼ばれる

・β遮断薬

・アンジオテンシン変換酵素阻害薬・アルドステロン受容体拮抗薬

・SGLT2阻害薬

・ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬

が治療の中心となっています

一方、左室駆出分画の低下していない心不全(HFpEF)の長期予後改善に対して効果が実証された薬剤は無く、最近ようやくSGLT2阻害薬の有効性の可能性が言われています

現在、2型糖尿病を合併する慢性腎臓病の治療薬として用いられているフィネレノン(商品名ケレンディア)のHFpEFに対する有効性を証明した論文が発表されました

左室駆出分画の正常または軽度低下の心不全の増悪を18%低下させたそうです

現在はまだ心不全治療薬としては認可されていませんが、近い将来HFpEFに対して推奨される薬になるのかも知れませんね

 

心不全には左室駆出分画の保たれた心不全、言い換えれば左心室の収縮力の良好な心不全(HFpEF)と、左室駆出分画の低下した心不全、言い換えれば左心室の収縮力が低下した心不全(HFrEF)があります。

HFrEFに有効性の証明された薬剤は多く存在しなかでも

・β遮断薬

・アンジオテンシン変換酵素阻害薬/アルドステロン受容体拮抗薬

・ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬

・SGLT2阻害薬

の4種類は誰が名付けたか俗に「ファンタスティック・フォー」と呼ばれEFrEF治療の基本に位置づけられています。

それに対してEFpEFには長い間有効性の証明された薬剤は存在しませんでした。

ようやく最近になってSGLT-2の有効性を証明する臨床研究が発表されました。

ところで、このSGLT-2は元々糖尿病の治療薬として開発された薬剤で、尿中に糖分を排泄し血糖を下げると同時に体重減少効果もありますので「痩せ薬」としての効果もあります。

しかし、血糖を多く尿中に排泄させることから低体重の人は余計に瘦せてしまって筋肉量が減少してしまうというデメリットもあります。

短期的に症状を改善する薬剤は他にも存在しますが長期予後改善効果は証明されていません。

心不全の治療は「見えないゴールに向かって進むようなものだ」とよく言われます。

私も同感です。

 

心不全になると多くのホルモンや液性因子の働きで体液量が増加、すなはち心臓の前負荷が増大します。

初期はこの前負荷の増大で心不全は軽快する方向に動きます。

しかしながらある一定の状況を超えると体に余分な水分が貯留し下腿の浮腫や肺うっ血などの原因になります。

慢性腎臓病があると多くの場合体液貯留傾向にあることから心不全は悪化します。

ですので慢性腎臓病を合併する心不全は治療に難渋する場合も稀ではありません。

ところで、この慢性腎臓病という病名は私が研修医の頃はあまり馴染みのないものでした。

当時は慢性腎臓病という呼び方はせず、個々の腎疾患を病理診断名と臨床診断名の両方で呼ぶのが一般的で中にはこの両者が同じ名前の場合もあり慣れるまで混乱することもあったと思います。

病理名は例えば、膜性腎症、層状糸球体硬化症、メサンギウム増殖性糸球体腎炎や悪性腎硬化症などどいった具合です。

臨床診断名としては糖尿病性腎症、ループス腎炎、IgA腎症や悪性高血圧などどいった具合です。

その各々が予後も違えば治療方法も異なりますのでまず診断名をつけることから始まりました。

目標は透析回避でした。

ところが、その後これらの病気の方々は慢性腎不全で命を落とすよりむしろ合併する心血管疾患が生命予後規定因子であることが証明されました。

それ以来は個々の診断はさておいて慢性腎臓病という病名で一括に扱い心血管疾患予防に重点を置いた治療が中心となりました。

このことについて私は若干の違和感があります。

もちろん慢性腎臓病の方の心血管疾患予防は大切なことなのですが、個々の病型によっては腎不全になるものも存在しますし多くの慢性糸球体腎炎には各々に適した治療方法もあり腎機能悪化を食い止める方法がある場合もあります。

ですので、慢性腎臓病という呼び名はそれだけで終わってはいけないと思うのです。

今回は少々愚痴っぽい話でした。

アントニオ猪木さんがこの病気でお亡くなりになって心アミロイドーシスという病名を何度かネット上で聞くことがありました。

今まで一般になじみのなかった理由は、以前は確定診断に心臓カテーテルを用いた心筋生検が必須だったからです。

心筋の一部を切除し病理検査で心筋のアミロイド沈着を検出するのですが、当時は治療薬がないこともあって一般に普及はしませんでした。

現在ではピロリン酸テクネシウムを用いた心筋シンチグラフィーで診断が可能になり、またタファミジス・パチシラン・ダラツムマブといった治療薬が開発され治療も可能になりました。

壮年以降に発見された心肥大の約9%はアミロイドーシスと言われています。

心アミロイドーシスは高率に手根管症候群を合併します。

健診で心肥大を指摘され手根管症候群の既往のある方はこの病気を疑う必要があるかもしれません。

 

心臓そのものの収縮能や拡張能とは別に心臓の外から心不全を規定する因子があります。

心臓の前、すなはち心臓に流入する血液量が増えれば拡張期に心臓は大きく拡張し、スターリングの法則に従いそれだけ心臓は強い力で収縮します。

これを前負荷と言います。

これは心不全を代償しようとする生理的な反応ですので、スターリングの法則に従い心臓の収縮が強められている状況では循環血液量を減らし前負荷を低下させる利尿剤は心不全を悪化させます。

しかしながら前負荷が上昇しすぎて心臓が流入する血液を処理しきれなくなる、体のむくみや肺うっ血がある状況では利尿剤は心不全を改善します。

利尿剤ももろ刃の剣ですね。

 

心臓は筋肉でできた筒のような構造をしていて拡張と収縮を繰り返し血液を送り出すポンプの役割をしています。

心筋は拡張時に大きく引き伸ばされればそれだけ強い力で収縮するという性質があり、スターリングの法則と呼ばれます。

長い拡張期に大きく拡張した心臓はそれだけ強い力で多くの血液を送り出すというわけです。

下の心電図の上向きの鋭く大きい波形は心室の収縮を意味し、その間は拡張期です。

拡張期は長く収縮期はほんの一瞬ですね。

はじめの4心拍までは正常なのですが、5心拍目に拡張期の短い期外収縮という不整脈が出ています。

例えば、初めの4心拍までは収縮期血圧120で一回の心拍出量が80mlとしましょう。

5心拍目の期外収縮は拡張期が短いので心室への流入血液量も少なく拍出する力も弱くなります。

収縮期血圧は80で一回の拍出量は40ml程度でしょう。

ちょうど「脈がとぶ」感じがする(脈拍結滞)はずです。

その後の5心拍目は通常の心拍なのですが、不整脈の後で拡張期が長く多くの血液が心臓に流入しより強い力で心臓は収縮します。

収縮期血圧は200くらいで一回の拍出量は120mlていどでしょう。

かなり強い「ドキン」とする動悸を感じると思います。

不整脈の場合、この5心拍目の期外収縮を動悸を感じると誤解されがちですが実際に動機として自覚するのはその後の6拍目の正常心拍です。

 

 

閉塞した冠動脈をカテーテルを用いて再開通させる手技はちょうど私が研修医の頃に普及しだしました。

携帯電話のない時代ですから若手の循環器内科医が自主的に遅くまで病院に残り心筋梗塞の患者さんが救急搬送されるのを待っていましたが、人手のない時間帯に搬送された場合には残念ながら緊急カテーテルのできないこともあり、そういう場合には心筋の一部が壊死を起こしてしまいます。

壊死を起こした心筋は脆弱で心臓破裂を避けるために4週間程度の安静を強いられていました。

携帯電話を皆が持つ今日では、特に日本ではどんな場合でも緊急のカテーテル治療が受けられますので入院期間も本当に短くなり、早期離床が当たり前になりましたが、その分心臓リハビリテーションの重要性が認識されています。

現在では冠動脈疾患・心不全・末梢動脈疾患や心臓術後の方に予後改善効果が証明されており、安定型労作性狭心症では治療の第一選択に位置づけられるほどです。

その割に日本で心臓リハビリテーションが普及しないのはなぜでしょう?

もっと普及するべき治療だと思うのですが。