投稿

連日の猛暑の影響で血圧が低下傾向の方も多いと思います

収縮期血圧が90mmHgを下回ると低血圧ですからさすがにそこまで低下すると降圧剤の減量または中止が必要です

ところで、高血圧が心不全のリスクであることはよく知られた事実で降圧という介入により心不全の発症が予防できることも知られています

高血圧に関する大規模臨床試験のSPRINT試験では収縮期血圧140mmHg未満を目標にしたグループより120mmHg未満を目標にした厳格治療群が心不全発症が少なかったそうです

降圧剤の調節については主治医とよく相談してください

 

自律神経には交感神経と副交感神経があり、それぞれ逆の作用を持っているということはご存じだと思います

交感神経は血圧を上昇させ脈拍を増やし気管支を拡張し腸管運動は低下させます

一方、副交感神経はその逆で血圧を低下させ脈拍を減らし気管支を収縮し腸管運動は亢進します

脳から出た自立神経は末梢の組織まで神経線維を通じて電気信号を送り目標とする臓器の活動をコントロールします

この自律神経線維には目標臓器の手前に中継地点があり、神経と神経の継ぎ目(神経節)があります

この神経節だけは電気信号ではなく神経伝達物質という化学物質が刺激を伝達します

交感神経ではノルアドレナリン、副交感神経ではアセチルコリンです

神経節の手前の神経線維(節前線維)から放出された神経伝達物質は極めて狭い神経の継ぎ目を移動し節後線維の受容体に結合し刺激を伝えます

交感神経節後線維のノルアドレナリン受容体にはいくつかの種類があり、β受容体と呼ばれるものが存在します

β受容体にはさらにβ1とβ2受容体があり臓器によって分布が異なります

心臓には主にβ1受容体が、気管支には主にβ2受容体が分布します

ですので、心拍数を低下させたいが気管支の収縮させたくないという場合にはできるだけβ1受容体のみを選択的に阻害するβ遮断薬を選んで用いなければいけません

つまり、気管支喘息を合併した心不全ではできるだけβ1選択性の高いβ遮断薬を用いる必要があります

ただ、注意が必要なのですが多くの薬剤情報に記載されている情報は動物実験に基づいている情報も多く人間とは若干状況が異なる場合もあります

また心臓にはβ1受容体、気管支にはβ2受容体と言いますが100%ではありませんし、薬剤のβ1選択性と言っても必ずしも100%ではありません

ですので気管支喘息合併心不全の治療には細心の注意が必要です

 

新クリニック移転まで一か月を切りました

ご迷惑をおかけし申し訳ありません

 

 

 

 

心不全の方がどの程度の運動まで耐えられるかを運動耐容能と呼びます

一般に心不全は

・呼吸困難感などの自覚症状

・心音や呼吸音あるいは浮腫・頸動脈怒張などの身体所見

・胸部X線所見

・心臓超音波での左室駆出分画など

で評価することが一般ですが、それらは全て安静時のデータです

運動時の循環調節能力すなはち運動耐容能は「日常生活の質と予後に直結する因子」として重視されます

これには

・6分間歩行試験:6分間に歩ける距離

・心配運動負荷試験(CPX):最大酸素摂取量や嫌気性代謝閾値などの測定

・身体活動量モニタリング:スマホなどでの歩数などの測定

・質問票(KCCQ):アンケート

などがあるのですが何と言っても精密で最も信頼性穂高いのはCPXです

これは一部の高度医療機関のみで実施可能ですが、心臓移植の適応の判断にも用いられるほど心不全の予後予測因子として信頼性が高い検査です

常々日常の心不全診療で用いたいと思っているのですが

 

今年改定された心不全診療ガイドライン2025では心不全治療薬としていくつかの薬が追加されました

マバカムテン(カムザイオス)、ブトリシラン(アムヴトラ)、アコラミジス(ビヨントラ)らは肥大型心筋症やアミロイドーシス治療薬として推奨されていますが、フィネレノン(ケレンディア)は糖尿病を伴う慢性腎臓病の方が心不全を発症を予防する効果があると認定され推奨されています

フィネレノンはアルドステロン受容体拮抗薬の一種です

アルドステロン受容体拮抗薬は現在開発中のものも含めて5種類あり、そのうちスピロノラクトンは最も早くから心不全に対する有効性が証明された薬剤の一つです

現在心不全治療薬として認定されているのはスピロノラクトンとエプレレノンの2種類ですが、フィネレノンは糖尿病と慢性腎臓病を合併した方が心不全に陥るのを予防する効果が認められた薬剤です

 

ちなみに以下の表はchatGPTに「ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬の特徴をまとめた一覧表を作って」と入力して作成されたものです

ほんの一瞬で出力されたから驚きました

 

 

薬剤名 商品名(代表例) 分類 特徴 主な適応症 副作用
スピロノラクトン アルダクトンA ステロイド系(非選択的) ・最も古い
・非選択的(性ホルモン受容体にも作用)
・安価
・高血圧
・心不全
・原発性アルドステロン症
・高カリウム血症
・女性化乳房(男性)
・月経異常
エプレレノン セララ ステロイド系(選択的) ・MR選択性が高く性ホルモン受容体への作用が少ない ・高血圧
・急性心筋梗塞後の心不全
・慢性心不全(HFrEF)
・高カリウム血症
・腎機能障害
エソレノン ミネブロ ステロイド系(高選択性) ・日本独自のMR拮抗薬
・選択性がさらに高く副作用が少ない
・高血圧 ・高カリウム血症
・腎機能障害
フィネレノン ケレンディア 非ステロイド系 ・新しい薬剤
・組織選択性が高い
・抗線維化・抗炎症作用あり
・2型糖尿病を伴うCKD ・高カリウム血症
・軽度の腎機能悪化
エスポレノン ステロイド系(選択的) ・開発中/海外のみ(国内未承認)
・エプレレノンに近い特性
・情報不十分(臨床データ未確定)

 

心室細動や心室頻拍は致死的不整脈で一度の発作で命を落とすことがあります

この致死的不整脈はいろんな状況でおこりうるのですが心不全に合併するものも稀ではありません

重症心不全の方の死因は心不全による(心臓が生きていくのに必要な血液を供給できなくなった場合)死亡と不整脈による突然死があります

今まではこういった致死的不整脈を治療するための植込み型除細動器(ICD)は「心室頻拍や心室細動からの蘇生後」が適応とされていましたが、それはラッキーにも蘇生に成功した方が対象で蘇生できなかった方への言及がありません

言い換えれば初めての致死的不整脈で命を落とす方への対策がない、ということになります

今年改定された心不全治療ガイドラインでは「心不全患者におけるICDの突然死一次予防」について言及されています

それによると「ガイドラインにのっとった適切な心不全治療が3月以上実施されているにもかかわらず、一定以上の心不全があり左室駆出分画35%以下の虚血性心不全患者」に予防的ICD植え込みが推奨されています

予防的ICD植込みは一度の発作で命を落としかねない致死的不整脈の予防ですから、勧められた方はその必要性が実感しにくいかもしれません

しかし今後予防的ICD]植込みは増えると思います

 

心不全は

・HFrEF (左室駆出分画が低下した、言い換えれば左心室の壁運動が悪い心不全) と

・HFpEF(左心駆出分画が低下していない、言い換えれば左心室の壁運動が正常な心不全」)

に分けて論じられることが多いと思います

左心室の壁運動が悪い心不全については容易に想像がつくと思いますが、左心室が良く動いているのに心不全がおこるとはイメージしづらいかもしれません

私がHFpEFについて説明する場合には、「高血圧などの影響で左心室の筋肉が肥大して厚くなった心筋は広がりにくくなるので、左心室の手前の肺にうっ血がおこった状況、要するに左室拡張機能障害」と表現することが多いと思います

なんとなくイメージしやすいのではないでしょうか?

ただ、厳密にいえばHFpEFはそれだけではありません

単純に左心室の動きが悪くない心不全ですから

・頻脈性心房細動:本来左心室に血液を押し込む左心房の収縮が消失された上に頻脈で拡張期時間が短くなれば左心室に流入する血液が減少し左心室から駆出される血液も減ります

・徐脈:洞性徐脈や房室ブロックなどで心拍数が低下すれば心拍出量が低下するのは想像に難くありません

・構造的心疾患:心室中隔欠損症などのようにいくら左心室が収縮しても血液が大動脈から出ていかなくて右心室に流れれば心拍出量が減ります

・心タンポナーデや収縮性心外膜炎:心臓の周囲に心嚢液が貯留するなどして心室が拡張できなければ当然心不全になります

・弁膜症:僧帽弁狭窄症では左心室に血液が流入しにくくなりますので心不全を起こしますし、僧帽弁閉鎖不全や大動脈弁閉鎖不全では左心室が収縮してもその前後で血液が行ったり来たりするだけで有効心拍出量は確保できません

その他にもいくつかHFpEFをおこす状況はあると思います

しかし何といってもHFpEFとして議論されるのが最初の左室拡張機能障害です

なぜなら他の状況は治療方法がはっきりしていて各々の原疾患を治療すれば心不全は軽快するからです

HFrEFでは長期予後を改善するための治療方法はほぼ確立されているのに対し、HFpEFで長期予後改善効果の証明された薬剤は限られています

単に心不全ではなくて、なぜ心不全を起こしているのかを突き止めないと治療方針はたちません

 

今年もつつじが咲き始めました

 

循環器領域には癌は稀ですが、抗がん剤の副作用による心機能疾患は稀ならずあります

現在ではonco-cardiology(腫瘍心臓病学)のガイドラインも作成されておりがん治療関連心機能障害は「左室駆出率がベースラインより10%以上低下し、かつ正常下限値を下回る状態」と規定されています

左室駆出率は通常の心臓エコーでTechholz法やmod-Simpson法で測定されるものですが、最も鋭敏な指標はスペックルトラッキング法によるlongitudinal strain 法による計測と言われています

当院でも心臓エコーでもこの方法で測定することはありますが第一に用いる方法ではありません

特にがん治療関連心機能障害の多い抗がん剤は、アントラサイクリン系薬剤・HER2阻害薬・CHOP療法・VEGF阻害薬・BCR-ABL阻害薬・RAF/MEK阻害薬と言われておりこれらの薬剤で治療中は3~6月毎の心機能評価が推奨されていますが心機能の測定はスペックルトラッキング法によるlongitudinal strain 法を用いることが推奨されています

新しい抗がん剤の登場により循環器内科学も変わりつつあると最近実感します

 

 

心室の壁が痩せて収縮力が低下し心不全に陥る拡張型心筋症は珍しい病気ではありません

球体の内圧をP、半径をR、壁にかかる張力をTとするとTはPとRの積で表されます

内圧が上昇すると壁にかかる張力は上昇し、また内腔が拡張すると壁にかかる張力は上昇しますので心室壁はその張力に耐えるために壁が肥厚し強度を増します

いずれの場合も壁にかかる張力を低減させる方向すなはち内腔を小さくする言い換えれば半径を小さくする方向に肥大します

これを求心性肥大と呼びます

ですので心拡大は必ず心肥大を伴いますが、心肥大は必ずしも拡大を伴いません

逆に言い換えると拡大しているのに肥大(壁が肥厚)していない心臓があれば、その時点で心筋そのものに異常があるということになります

心臓エコーでは左心室が大きく拡大しているにもかかわらず壁の肥厚がなく、収縮力が低下している場合には心筋疾患です

もちろんこういう病態を呈する疾患は他にも糖尿病心筋症・頻脈誘発心筋症・ウィルス性心筋炎・アミロイドーシスや抗がん剤の副作用など多くありますからそれらを除外する必要があります

拡張型心筋症は一般に発症年齢が若いほど重症で心臓移植の対象にもなる場合があります

診断には心臓超音波が有効です

 

心不全がある一定の期間持続すると心筋自体にダメージがおこります

心臓の内腔が拡大したり(心拡大)心臓の筋肉が肥厚したり(心肥大)といった肉眼的変化のみならず、

心臓の筋肉が線維化をおこして収縮能を失ったり心筋細胞膜のイオンチャネルの電気抵抗が変化してしまったりといった具合に心臓の構造そのものが劣化してしまいます

これを心筋リモデリングと呼びます

一旦起こったリモデリングは元に戻すことは難しいのですが、一部の薬剤にはその効果が認められ、

これをリバースリモデリングと言い、β遮断薬とイバブラジン(商品名コララン)で確認されています

ただしどういった症例でこのリバースリモデリングが期待できるかについては未だ明らかにはなっていません

ESC(欧州心臓病学会)では心不全の病型に関係なく心不全と診断されればまず導入されるべき薬剤としてSGLT2が挙げられていますが、日本ではβ遮断薬を心不全のアンカードラッグと考える傾向があるように思います

β遮断薬は副作用が多く処方には注意が必要なのですが逆にβ遮断薬にしかないメリットもたくさんあります

その一つがリバースリモデリング作用です

 

 

睡眠時無呼吸症候群は睡眠中の無呼吸・低呼吸のため脳に十分な酸素が供給されなくなり熟睡感が得られず日中の眠気に苦しめられる病気です

実は無呼吸・低呼吸時には血圧が上昇し夜間の交感神経過剰活性が日中まで持ち越され早朝高血圧や治療抵抗性高血圧の原因になります

このため、睡眠時無呼吸症候群には脳卒中や心筋梗塞が高頻度で合併し、心不全の誘因にもなります

睡眠時無呼吸症候群に合併した高血圧の場合、持続陽圧呼吸療法のみで血圧が低下することも稀ではありません

もちろん肥満を合併した睡眠時無呼吸症候群の場合には減量が効果的なのは言うまでもありません