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HFpEFの長期予後を改善する効果を証明された薬は長らくなかったのですが、2021年以降の臨床研究から糖尿病治療薬のSGLT2阻害薬がHFpEFの標準的な治療薬として位置づけられました

しかしながらそれ以外の薬剤は未だに有効性が不明または無効でHFpEFの治療はまだまだこれからの分野です

また今年改定された高血圧のガイドラインでは、HFpEFに対して血圧を130未満にすることが推奨されています

その解説を見ますと

「HFpEFにおける収縮期血圧130未満の血圧管理は、130以上の管理と比して全死因死亡を26%減少させ統計的には優位ではなかったものの抑制傾向が認められた」

と若干歯切れの悪い表現です

個人的意見ですが、これはHFpEFというのが一つの疾患ではなく多くの病態をひっくるめて論じているからではないかと思います

左室収縮能の保たれた心不全、言い換えれば心臓の動きが良いにもかかわらず心不全であるというのはいろんなケースを含みます

最も多く想定されているのが

・左室拡張障害;左心室の収縮は良いが左心室が硬く広がりにくくなっているためにその手前の肺にうっ血がおこっている

だと思うのですが、それ以外に

・頻脈など不整脈によるもの

・弁の機能異常

・脱水

・腎機能低下などによる循環血液量の増加

などたくさんあると思います

ですからHFpEFはまずどのようなメカニズムでおこっているのかをはっきりさせ個々の血行動態に合わせた治療をするのが現状ではベストだと思っています

 

太平洋戦争を指揮したアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領は重症高血圧だったそうです

死去したのが1945年の終戦直前でしたが、当時の血圧は300/だったと記録があります

脳出血でなくなったのですが、どうしてそんな血圧を放置したのでしょう?

理由は二つあります

・当時血圧は高い方が臓器血流が良くなる、すなはち血圧が上昇するのは良い反応だと信じられていた

・有効な降圧剤がなかった

意外なことですが高血圧治療の必要性が認識され、臨床に降圧剤が用いられるようになったのは戦後です

案外歴史の浅い治療なんですね

 

 

日本高血圧学会発行のガイドラインが今年改定されました

以前のものは

「高血圧治療ガイドライン2019」で今回改定されたのは

「高血圧管理・治療ガイドライン2025」

に名前自体が変わりました

そして第1部「国民の血圧管理」では高血圧の予防・啓発活動に従事する方々が利用対象となっており予防医学に重点が置かれています

ですので医師以外の方が読むことを想定されておりネット通販などで購入可能です

ご興味のある方は是非一度ご覧ください

 

慢性腎臓病とは

・糸球体濾過率60以下

・持続する蛋白尿

のいずれかに該当する場合を指します

実は慢性腎臓病という病名は比較的新しく私が研修医の頃はこういう呼び方はしませんでした

腎硬化症、IgA腎症、膜性腎症、巣状糸球体硬化症、膜性増殖性糸球体腎炎や糖尿病性腎症などと主に糸球体の病理診断を元に診断され目標は透析回避でした

しかしその後、こういった糸球体疾患の方々の命を脅かすのは末期腎不全よりむしろ脳卒中や心臓疾患などの方がずっと多いということが統計的に証明され、治療目標は透析回避よりむしろ心血管疾患予防にシフトしました

腎機能低下は一旦始まると自動的にどんどん低下するという性質があります

BrennerのHyper filtration theory (糸球体過剰ろ過仮説)はこの性質をうまく説明しています

腎臓で血液をろ過し尿を作る糸球体は片方の腎臓で約100万個ありますが、腎機能低下とはこの100万個全ての糸球体の機能が少しずつ低下するのではなく機能を失った糸球体がところどころに出現し正常な糸球体の数が減少する状態です

残された糸球体一つ一つには過負荷がかかり、ろ過を多くするために糸球体の出口の動脈を収縮させてろ過する圧を上昇させ全体としてなんとか機能を保ちます

つまり残された正常な糸球体にかなりの負担をかけている状態です

この状況ではさらにいくつかの糸球体が過負荷により機能を失い、正常な糸球体がさらに減っていくという説です

ですので腎機能は低下すればその低下自体がさらなる低下の原因になります

このため糸球体の濾過圧を低下させる降圧剤、主にアンジオテンシン受容体拮抗薬が治療薬として用いられます

本年改定された新しい高血圧治療ガイドラインでは降圧目標が一律に130/80(家庭血圧125/75)未満とされていますが、その目標を達するために選択するべき薬剤はやはりアンジオテンシン受容体拮抗薬です

ただし慢性腎臓病のうちでも有効性が証明されているのは蛋白尿が陽性のもののみです

これは糸球体硬化以外の腎硬化症などが存在し、そういった場合にはむしろ逆効果になる場合があるからです

糖尿病性腎症にはアンジオテンシン受容体拮抗薬が最適とされていますがこれもやはり蛋白尿がある、すなはち糸球体疾患である場合のみです

降圧剤は適応を誤ると、一見血圧は低下していても臓器保護という観点では逆効果になる場合があります

 

 

飲酒後に血圧を測定すると拡張期・収縮期ともに低下したという経験をお持ちの方は多いと思います

単回飲酒は数時間の間血圧を硬化させますが、長期間常用するとむしろ上昇します

高血圧の方は男性でエタノールで20~30ml(日本酒なら1合、ビール中瓶1本)で女性はその半分にし休肝日を設けることが良いようです

 

連日の猛暑の影響で血圧が低下傾向の方も多いと思います

収縮期血圧が90mmHgを下回ると低血圧ですからさすがにそこまで低下すると降圧剤の減量または中止が必要です

ところで、高血圧が心不全のリスクであることはよく知られた事実で降圧という介入により心不全の発症が予防できることも知られています

高血圧に関する大規模臨床試験のSPRINT試験では収縮期血圧140mmHg未満を目標にしたグループより120mmHg未満を目標にした厳格治療群が心不全発症が少なかったそうです

降圧剤の調節については主治医とよく相談してください

 

夏場は冬に比べて血圧が下がりやすく、過降圧のためふらつきやめまい・倦怠感を自覚する方も多いと思います

過降圧に関して、「どれだけ血圧を下げ過ぎるとどんな副作用があるのか」という前向き臨床研究はありません

ですので他の目的で実施された介入研究を後ろ向きに解析して判断するしかありません

しかしデータを後から解析する後ろ向き研究では因果の逆転を生じる可能性があります

たとえば、血圧を下げたために何かのイベントを起こしたのではなく、全身状態が悪化しイベントとともに過降圧がおこった可能性もあります

ですので、実際の臨床の場では厳密な降圧をしながら副作用がないかを慎重に観察し治療を継続することが大切だと思います

高血圧ガイドラインではまず130までは降圧をして、さらに可能なら120までを目指し低血圧の症状が無ければ降圧を緩める必要はないと記載されています

一般に過降圧の判断は収縮期血圧で評価されることが多く、それらの研究では共通して130mmJHgまでは安全に下げられると言われています

とはいえ、実際に降圧剤内服後に眩暈やふらつきがある場合には継続はできません

実は、ネット上で厳格に降圧する方が起立低血圧も減少するという論文も見つけました

https://www.acpjournals.org/doi/10.7326/M20-4298

ただちに、厳格に降圧をとは思いませんが安易に降圧を中止するのも考え物です

しかし動脈硬化の強い方では過降圧で臓器血流が低下する場合もあります

たとえば腎臓の動脈硬化が強く血流の低下があるような方では過降圧により十分な腎血流が保てなくなり腎機能が低下することもあります

結論として現状を十分観察しながら降圧療法を継続するのが良いと思います

高血圧だから単に薬さえ飲んでおけばよい、というものでは決してありません

 

 

 

 

 

今年改定された心不全診療ガイドライン2025では心不全治療薬としていくつかの薬が追加されました

マバカムテン(カムザイオス)、ブトリシラン(アムヴトラ)、アコラミジス(ビヨントラ)らは肥大型心筋症やアミロイドーシス治療薬として推奨されていますが、フィネレノン(ケレンディア)は糖尿病を伴う慢性腎臓病の方が心不全を発症を予防する効果があると認定され推奨されています

フィネレノンはアルドステロン受容体拮抗薬の一種です

アルドステロン受容体拮抗薬は現在開発中のものも含めて5種類あり、そのうちスピロノラクトンは最も早くから心不全に対する有効性が証明された薬剤の一つです

現在心不全治療薬として認定されているのはスピロノラクトンとエプレレノンの2種類ですが、フィネレノンは糖尿病と慢性腎臓病を合併した方が心不全に陥るのを予防する効果が認められた薬剤です

 

ちなみに以下の表はchatGPTに「ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬の特徴をまとめた一覧表を作って」と入力して作成されたものです

ほんの一瞬で出力されたから驚きました

 

 

薬剤名 商品名(代表例) 分類 特徴 主な適応症 副作用
スピロノラクトン アルダクトンA ステロイド系(非選択的) ・最も古い
・非選択的(性ホルモン受容体にも作用)
・安価
・高血圧
・心不全
・原発性アルドステロン症
・高カリウム血症
・女性化乳房(男性)
・月経異常
エプレレノン セララ ステロイド系(選択的) ・MR選択性が高く性ホルモン受容体への作用が少ない ・高血圧
・急性心筋梗塞後の心不全
・慢性心不全(HFrEF)
・高カリウム血症
・腎機能障害
エソレノン ミネブロ ステロイド系(高選択性) ・日本独自のMR拮抗薬
・選択性がさらに高く副作用が少ない
・高血圧 ・高カリウム血症
・腎機能障害
フィネレノン ケレンディア 非ステロイド系 ・新しい薬剤
・組織選択性が高い
・抗線維化・抗炎症作用あり
・2型糖尿病を伴うCKD ・高カリウム血症
・軽度の腎機能悪化
エスポレノン ステロイド系(選択的) ・開発中/海外のみ(国内未承認)
・エプレレノンに近い特性
・情報不十分(臨床データ未確定)

 

高血圧のすべてが本態性高血圧ではありません

本態性高血圧と診断されたら降圧剤の選択に入るのですが、2次性高血圧であればまず原疾患の治療に取り掛からなければいけません

2次性高血圧の一つである内分泌性高血圧には

・原発性アルドステロン症

・クッシング症候群

・褐色細胞腫

・先端巨大症

・甲状腺機能亢進症

・副甲状腺機能低下症

等があります

特に原発性アルドステロン症は頻度が多く全高血圧の10%前後と決して珍しい病気ではありません

アルドステロンの直接血管障害作用は強く、単なる高血圧よりも脳血管疾患や冠動脈疾患が多く降圧には抗アルドステロン薬を用い、場合によっては手術が必要です

クッシング症候群や先端巨大症は特有の風貌から診断は難しくはありません

褐色細胞腫は頻脈や顔面紅潮など特有の症状があり一部悪性腫瘍の場合もあります

 

心不全は

・HFrEF (左室駆出分画が低下した、言い換えれば左心室の壁運動が悪い心不全) と

・HFpEF(左心駆出分画が低下していない、言い換えれば左心室の壁運動が正常な心不全」)

に分けて論じられることが多いと思います

左心室の壁運動が悪い心不全については容易に想像がつくと思いますが、左心室が良く動いているのに心不全がおこるとはイメージしづらいかもしれません

私がHFpEFについて説明する場合には、「高血圧などの影響で左心室の筋肉が肥大して厚くなった心筋は広がりにくくなるので、左心室の手前の肺にうっ血がおこった状況、要するに左室拡張機能障害」と表現することが多いと思います

なんとなくイメージしやすいのではないでしょうか?

ただ、厳密にいえばHFpEFはそれだけではありません

単純に左心室の動きが悪くない心不全ですから

・頻脈性心房細動:本来左心室に血液を押し込む左心房の収縮が消失された上に頻脈で拡張期時間が短くなれば左心室に流入する血液が減少し左心室から駆出される血液も減ります

・徐脈:洞性徐脈や房室ブロックなどで心拍数が低下すれば心拍出量が低下するのは想像に難くありません

・構造的心疾患:心室中隔欠損症などのようにいくら左心室が収縮しても血液が大動脈から出ていかなくて右心室に流れれば心拍出量が減ります

・心タンポナーデや収縮性心外膜炎:心臓の周囲に心嚢液が貯留するなどして心室が拡張できなければ当然心不全になります

・弁膜症:僧帽弁狭窄症では左心室に血液が流入しにくくなりますので心不全を起こしますし、僧帽弁閉鎖不全や大動脈弁閉鎖不全では左心室が収縮してもその前後で血液が行ったり来たりするだけで有効心拍出量は確保できません

その他にもいくつかHFpEFをおこす状況はあると思います

しかし何といってもHFpEFとして議論されるのが最初の左室拡張機能障害です

なぜなら他の状況は治療方法がはっきりしていて各々の原疾患を治療すれば心不全は軽快するからです

HFrEFでは長期予後を改善するための治療方法はほぼ確立されているのに対し、HFpEFで長期予後改善効果の証明された薬剤は限られています

単に心不全ではなくて、なぜ心不全を起こしているのかを突き止めないと治療方針はたちません

 

今年もつつじが咲き始めました