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夏場は冬に比べて血圧が下がりやすく、過降圧のためふらつきやめまい・倦怠感を自覚する方も多いと思います

過降圧に関して、「どれだけ血圧を下げ過ぎるとどんな副作用があるのか」という前向き臨床研究はありません

ですので他の目的で実施された介入研究を後ろ向きに解析して判断するしかありません

しかしデータを後から解析する後ろ向き研究では因果の逆転を生じる可能性があります

たとえば、血圧を下げたために何かのイベントを起こしたのではなく、全身状態が悪化しイベントとともに過降圧がおこった可能性もあります

ですので、実際の臨床の場では厳密な降圧をしながら副作用がないかを慎重に観察し治療を継続することが大切だと思います

高血圧ガイドラインではまず130までは降圧をして、さらに可能なら120までを目指し低血圧の症状が無ければ降圧を緩める必要はないと記載されています

一般に過降圧の判断は収縮期血圧で評価されることが多く、それらの研究では共通して130mmJHgまでは安全に下げられると言われています

とはいえ、実際に降圧剤内服後に眩暈やふらつきがある場合には継続はできません

実は、ネット上で厳格に降圧する方が起立低血圧も減少するという論文も見つけました

https://www.acpjournals.org/doi/10.7326/M20-4298

ただちに、厳格に降圧をとは思いませんが安易に降圧を中止するのも考え物です

しかし動脈硬化の強い方では過降圧で臓器血流が低下する場合もあります

たとえば腎臓の動脈硬化が強く血流の低下があるような方では過降圧により十分な腎血流が保てなくなり腎機能が低下することもあります

結論として現状を十分観察しながら降圧療法を継続するのが良いと思います

高血圧だから単に薬さえ飲んでおけばよい、というものでは決してありません

 

 

 

 

 

今年改定された心不全診療ガイドライン2025では心不全治療薬としていくつかの薬が追加されました

マバカムテン(カムザイオス)、ブトリシラン(アムヴトラ)、アコラミジス(ビヨントラ)らは肥大型心筋症やアミロイドーシス治療薬として推奨されていますが、フィネレノン(ケレンディア)は糖尿病を伴う慢性腎臓病の方が心不全を発症を予防する効果があると認定され推奨されています

フィネレノンはアルドステロン受容体拮抗薬の一種です

アルドステロン受容体拮抗薬は現在開発中のものも含めて5種類あり、そのうちスピロノラクトンは最も早くから心不全に対する有効性が証明された薬剤の一つです

現在心不全治療薬として認定されているのはスピロノラクトンとエプレレノンの2種類ですが、フィネレノンは糖尿病と慢性腎臓病を合併した方が心不全に陥るのを予防する効果が認められた薬剤です

 

ちなみに以下の表はchatGPTに「ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬の特徴をまとめた一覧表を作って」と入力して作成されたものです

ほんの一瞬で出力されたから驚きました

 

 

薬剤名 商品名(代表例) 分類 特徴 主な適応症 副作用
スピロノラクトン アルダクトンA ステロイド系(非選択的) ・最も古い
・非選択的(性ホルモン受容体にも作用)
・安価
・高血圧
・心不全
・原発性アルドステロン症
・高カリウム血症
・女性化乳房(男性)
・月経異常
エプレレノン セララ ステロイド系(選択的) ・MR選択性が高く性ホルモン受容体への作用が少ない ・高血圧
・急性心筋梗塞後の心不全
・慢性心不全(HFrEF)
・高カリウム血症
・腎機能障害
エソレノン ミネブロ ステロイド系(高選択性) ・日本独自のMR拮抗薬
・選択性がさらに高く副作用が少ない
・高血圧 ・高カリウム血症
・腎機能障害
フィネレノン ケレンディア 非ステロイド系 ・新しい薬剤
・組織選択性が高い
・抗線維化・抗炎症作用あり
・2型糖尿病を伴うCKD ・高カリウム血症
・軽度の腎機能悪化
エスポレノン ステロイド系(選択的) ・開発中/海外のみ(国内未承認)
・エプレレノンに近い特性
・情報不十分(臨床データ未確定)

 

高血圧のすべてが本態性高血圧ではありません

本態性高血圧と診断されたら降圧剤の選択に入るのですが、2次性高血圧であればまず原疾患の治療に取り掛からなければいけません

2次性高血圧の一つである内分泌性高血圧には

・原発性アルドステロン症

・クッシング症候群

・褐色細胞腫

・先端巨大症

・甲状腺機能亢進症

・副甲状腺機能低下症

等があります

特に原発性アルドステロン症は頻度が多く全高血圧の10%前後と決して珍しい病気ではありません

アルドステロンの直接血管障害作用は強く、単なる高血圧よりも脳血管疾患や冠動脈疾患が多く降圧には抗アルドステロン薬を用い、場合によっては手術が必要です

クッシング症候群や先端巨大症は特有の風貌から診断は難しくはありません

褐色細胞腫は頻脈や顔面紅潮など特有の症状があり一部悪性腫瘍の場合もあります

 

心不全は

・HFrEF (左室駆出分画が低下した、言い換えれば左心室の壁運動が悪い心不全) と

・HFpEF(左心駆出分画が低下していない、言い換えれば左心室の壁運動が正常な心不全」)

に分けて論じられることが多いと思います

左心室の壁運動が悪い心不全については容易に想像がつくと思いますが、左心室が良く動いているのに心不全がおこるとはイメージしづらいかもしれません

私がHFpEFについて説明する場合には、「高血圧などの影響で左心室の筋肉が肥大して厚くなった心筋は広がりにくくなるので、左心室の手前の肺にうっ血がおこった状況、要するに左室拡張機能障害」と表現することが多いと思います

なんとなくイメージしやすいのではないでしょうか?

ただ、厳密にいえばHFpEFはそれだけではありません

単純に左心室の動きが悪くない心不全ですから

・頻脈性心房細動:本来左心室に血液を押し込む左心房の収縮が消失された上に頻脈で拡張期時間が短くなれば左心室に流入する血液が減少し左心室から駆出される血液も減ります

・徐脈:洞性徐脈や房室ブロックなどで心拍数が低下すれば心拍出量が低下するのは想像に難くありません

・構造的心疾患:心室中隔欠損症などのようにいくら左心室が収縮しても血液が大動脈から出ていかなくて右心室に流れれば心拍出量が減ります

・心タンポナーデや収縮性心外膜炎:心臓の周囲に心嚢液が貯留するなどして心室が拡張できなければ当然心不全になります

・弁膜症:僧帽弁狭窄症では左心室に血液が流入しにくくなりますので心不全を起こしますし、僧帽弁閉鎖不全や大動脈弁閉鎖不全では左心室が収縮してもその前後で血液が行ったり来たりするだけで有効心拍出量は確保できません

その他にもいくつかHFpEFをおこす状況はあると思います

しかし何といってもHFpEFとして議論されるのが最初の左室拡張機能障害です

なぜなら他の状況は治療方法がはっきりしていて各々の原疾患を治療すれば心不全は軽快するからです

HFrEFでは長期予後を改善するための治療方法はほぼ確立されているのに対し、HFpEFで長期予後改善効果の証明された薬剤は限られています

単に心不全ではなくて、なぜ心不全を起こしているのかを突き止めないと治療方針はたちません

 

今年もつつじが咲き始めました

 

睡眠時無呼吸症候群は睡眠中の無呼吸・低呼吸のため脳に十分な酸素が供給されなくなり熟睡感が得られず日中の眠気に苦しめられる病気です

実は無呼吸・低呼吸時には血圧が上昇し夜間の交感神経過剰活性が日中まで持ち越され早朝高血圧や治療抵抗性高血圧の原因になります

このため、睡眠時無呼吸症候群には脳卒中や心筋梗塞が高頻度で合併し、心不全の誘因にもなります

睡眠時無呼吸症候群に合併した高血圧の場合、持続陽圧呼吸療法のみで血圧が低下することも稀ではありません

もちろん肥満を合併した睡眠時無呼吸症候群の場合には減量が効果的なのは言うまでもありません

 

降圧薬のうちβ遮断薬が処方に最も注意が必要な薬かも知れません

降圧以外の副作用が大きく、その反面他の降圧薬にはないメリットもあります

特に心不全を合併した場合にはまず初めに考慮するべき薬剤です

何かの手術を受ける際にその前後の期間を周術期と呼びますが、周術期には心筋梗塞や脳卒中などのイベントが増加することが知られています

そして周術期に新たにβ遮断薬を開始するとその期間の心筋梗塞は減りますが、脳卒中は増加するという複数のデータが発表されています

ですので周術期の新たなβ遮断薬開始には注意が必要ですが、以前から服用中のβ遮断薬は周術期に中止すると逆に死亡率が上昇することが分かっています

β遮断薬は降圧薬の中で最も注意が必要な薬ですが、他の薬にはないメリットがあり循環器疾患には欠かせない薬です

 

特に心房細動の場合には測定する度に血圧の値が変わります

心房細動では収縮期時間は変わりませんが拡張期時間は一心拍ごとに変わります

直前の拡張期が長い場合には心臓が大きく拡張し拍出量も増えます

逆に直前の拡張期が短い場合には心臓の拡張も小さく拍出量も少なく脈圧も小さくなります

ですから心房細動の場合には一心拍ごとに血圧が大きく変わります

測る度に血圧は変動しますから何度か測定し平均を把握する必要があります

心房細動の場合には一度の測定で一喜一憂せずに全体像を把握することが大切です

 

アルドステロン受容体拮抗薬(またはアンジオテンシン変換酵素阻害薬)とカルシウム拮抗薬の最大量に利尿剤を加えた3剤併用療法でも降圧目標に達しないものを治療抵抗性高血圧と呼びます

この場合、なぜ十分な降圧を得られないかを十分吟味する必要があります

規則正しい服薬が順守されているか、白衣現象はないか、血圧を上昇させる併用薬はないか(例えば甘草・ステロイドホルモンや経口避妊薬など)、環境(肥満・喫煙・睡眠不足など)などを見直さなければいけませんがやはり一番大切なのは塩分摂取量と室温だと思います

部屋が寒いと血圧は上昇しますから部屋を暖かくすることと塩分制限です

塩分は6g/日に制限することが推奨されますが、カリウムを多く摂取するとナトリウム排泄作用があるのでカリウムを多く含む野菜や果物も推奨されます

味噌汁は塩分が多くできれば止めて頂きたいのですが、どうしてもやめられない場合には

・減塩味噌を用い薄目に作る

・具は豆腐や油揚げなどではなくカリウムを多く含有する海草や大根・玉ねぎなどの野菜を用いる

ことが推奨されます

これらによって降圧目標に達しない場合には処方の変更になります

 

 

 

蛋白尿を合併するかしないかで降圧薬の選択に影響しますが、蛋白尿の定義はご存じでしょうか?

蛋白尿の定義は一日蛋白尿が0.15gを超えることを言います。

一日の蛋白尿の量を測定するのには一日に排尿した尿を全て容器にためて検査しなければいけないのかというとそうではありません。

g/gCrという表記をご存じでしょうか?

Crとはクレアチニンの略で主に筋肉の老廃物です。

このクレアチニンは全ての人で一日排泄量がほぼ1gと一定であるとされています。

ですので仮にある人に採尿してもらってその尿中にはCrが0.2g含まれていたとすると、その尿は一日量の1/5であると考えられます。

そしてその尿中に蛋白が0.3g含まれていたら、その人の一日尿蛋白は1.5gということになります。

すなはち、クレアチニン1g当たりの蛋白尿の量という意味でg/gCrと表記します。

そしてこれは一日尿蛋白量と考えられます。

もちろんこれは簡易的な指標ですので筋肉量の多い方では誤差が出ます。

ボディビルダーの血清Crが高めなのはそのためでこういう場合にはシスタチンCを測定します。

 

 

心不全になると多くのホルモンや液性因子の働きで体液量が増加、すなはち心臓の前負荷が増大します。

初期はこの前負荷の増大で心不全は軽快する方向に動きます。

しかしながらある一定の状況を超えると体に余分な水分が貯留し下腿の浮腫や肺うっ血などの原因になります。

慢性腎臓病があると多くの場合体液貯留傾向にあることから心不全は悪化します。

ですので慢性腎臓病を合併する心不全は治療に難渋する場合も稀ではありません。

ところで、この慢性腎臓病という病名は私が研修医の頃はあまり馴染みのないものでした。

当時は慢性腎臓病という呼び方はせず、個々の腎疾患を病理診断名と臨床診断名の両方で呼ぶのが一般的で中にはこの両者が同じ名前の場合もあり慣れるまで混乱することもあったと思います。

病理名は例えば、膜性腎症、層状糸球体硬化症、メサンギウム増殖性糸球体腎炎や悪性腎硬化症などどいった具合です。

臨床診断名としては糖尿病性腎症、ループス腎炎、IgA腎症や悪性高血圧などどいった具合です。

その各々が予後も違えば治療方法も異なりますのでまず診断名をつけることから始まりました。

目標は透析回避でした。

ところが、その後これらの病気の方々は慢性腎不全で命を落とすよりむしろ合併する心血管疾患が生命予後規定因子であることが証明されました。

それ以来は個々の診断はさておいて慢性腎臓病という病名で一括に扱い心血管疾患予防に重点を置いた治療が中心となりました。

このことについて私は若干の違和感があります。

もちろん慢性腎臓病の方の心血管疾患予防は大切なことなのですが、個々の病型によっては腎不全になるものも存在しますし多くの慢性糸球体腎炎には各々に適した治療方法もあり腎機能悪化を食い止める方法がある場合もあります。

ですので、慢性腎臓病という呼び名はそれだけで終わってはいけないと思うのです。

今回は少々愚痴っぽい話でした。