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10年以上前の話ですが、私が実際に経験したことを紹介したいと思います。

HIV(エイズのウィルス)のスクリーニング検査は感度99.9%、特異度99.9%の優れた検査です。

ある日20歳過ぎの若い女性が健診(たしか献血だったと思います)でHIV陽性を指摘されたと受診されました。

その方は、自分はそんなウィルスに感染するようなことは全く身に覚えがないとのことでした。

そのことを言うと家族から「嘘つき」と言われたと、目に涙を浮かべながら話されました。

 

はたして、この女性は本当に噓をついているのでしょうか?

ところで感度と特異度とは何でしょうか?

感度は「感染者を陽性と判定する確率」で

特異度は「非感染者を陰性と判定する確率」です。

日本におけるHIV陽性者は約10万人にひとりです。

例えば、日本人10万人にHIVのスクリーニング検査をした場合、その10万人にはHIV感染者が1名と非感染者が99,999人含まれます。

その感染者1人は99.9%の確率で陽性ですから0.999人即ちほぼ1人の陽性者がいることになります。

特異度99.9%とは100人の非感染者を99.9%の確率で陰性と判断しますから、言い換えると100人のうち0.1人の偽陽性者がいることになります。

ですので、99,999人のうち0.1%つまり99.9人=約100人の偽陽性者がいることになります。

まとめますと、日本人10万人にHIVスクリーニング検査をすると1名の感染者と100名の非感染者が陽性と判定され、

スクリーニング検査でHIV陽性と判断された場合100/101の確率で偽陽性です。

 

その女性は2次精密検査でHIVに感染していないことが証明されました。

これは正しい知識を持たず、先入観だけで物事を判断したために重大な人権侵害を犯した例です。

似たようなことはコロナウィルスパンデミックでもありました。

 

 

 

内科学会で面白い問題がありましたのでご紹介いたします。

「ある新薬Aが発売されました。

この薬を内服すると2年後には認知症の発症率が既存薬に比して33%減少し0.1%になりました」

さて、あなたはこの薬を飲みますか?

 

認知症の発症が33%も減るのだから飲みたい、と多くの方は思われるかも知れません。

似たような広告は巷には氾濫しています。

 

さて、この新薬Aの効果につき詳しく考えてみましょう。

33%減少し0.1%になったということは既存薬では発症率が0.15%であったということです。

すなはち既存の治療薬では100人に0.15人、言い換えれば10,000人に15人が発症していたのが、

新薬Aでは100人に0.1人、言い換えれば10,000人に10人に減ったという意味ですから

10,000人の方が新薬Aを服用し5人の方が発症を抑えられたということです。

つまり1人の発症抑制効果を得るのに2,000人の人がこの新薬Aを飲む必要があるというわけです。

もっと言うならば2,000人の服用者のうち1,999人はこの薬の恩恵はないという意味になります。

一人の効果を得るために何人がその薬を飲む必要があるのかというのを

NNT(number needed to treat)と言います。

この新薬Aの場合はNNT=2,000ということになりますね。

 

さて、あなたはこの薬を飲みますか?

 

今年もクリニックのつつじがきれいに咲きました。

本当に美しい色で毎年この季節が楽しみです。

私はつつじと言えば武田信玄を連想します。

まだ小学生だったと思いますが、NHKの大河ドラマ「国盗り物語」に夢中になった記憶があります。

戦国武将たちの波乱万丈のリアルストーリーにワクワクドキドキ胸を躍らせながら他にもたくさんの物語を読みました。

その中で私が一番興味を持ったのが甲斐の武田晴信(信玄)です。

武田信玄の残した名言は多くありますが、一番有名なのは

「人は石垣、人は城。人は城なり、城は人なり」

ではないでしょうか?

どんなに巨大で堅牢な城を築いても裏切り者がいれば必ず敗れる、と言って生涯にわたって城を居城とせず、躑躅(つつじ)が崎と呼ばれる館に住んだそうです。

天下統一の最有力候補と言われた英雄がこのつつじを眺めながら何を想ったのか、想像するのも楽しいと思いませんか?

興味を持ったことは、できるだけ一次資料を読むようにしていますが、さすがにこの時代の古文書を読む力はないので歴史学者の文献を読みます。

甲陽軍鑑などに描かれている人物像は脚色が多く、実際のところは物語で描かれている脂ぎった豪傑ではなく、細面の優男で同性愛者であったそうです。

毎年このつつじを眺めながら、英雄と言われた人間が実際にはどんな人だったのだろうか、どんな苦悩と闘ったのだろうかと想像します。

 

パンデミックのおかげでオンラインの活用が一層増えました。

学校のオンライン授業が思うほど増えないのは意外ですが、しかしオンライン学習の機会は確実に増えているようです。

学会の教育講演や生涯教育などはオンラインで参加できますし、多くの研修も You Tube で可能です。

先日、アメリカの完全オンライン大学である、ミネルバ大学の創始者ベン・ネルソンさんのインタビューをお聞きしその革新的な理念に驚きました。

実際、ネットをどう活用するのかが今後の大きな課題なのでしょうね。

COURSERAというオンラインの学習コースを利用することがあります。

今まで数個のコースを修めました。

もちろん正規の大学卒業の資格などは得られませんが、有名な大学や企業が数週間のコースを多く無料で提供しておりお勧めです。

参加者のコミュニティもあり、アジアでは中国人の生徒が飛びぬけて多いようです。

各セクションにはテストがあり期限までにそれに合格しないと先に進めないものもありました。

下記はスイスのチューリッヒ大学医学部循環器内科主催の心筋梗塞に関するコースの修了証書です。

いろんな分野のコースがあり数え切れないほどです。

興味のある方は、サイトでどんなコースがあるのかだけでもご覧ください。

きっと興味を持たれると思います。

 

クリニックにご縁のある方がピザ屋さんをオープンされます。

楽しみです。

 

最近は抗原検査キットが市販され自身で検査が手軽にできるようになりました。

しかしこの抗原検査はその特徴と有用性さらに限界を知って使わないと間違った判断をすることがあります。

抗原検査キットには臨床用(診断用)と明記されているものとそうでない例えば研究用などと記載されているものがあります。

臨床用(診断用)キットとは下記のリンクをご覧いただければ分かりますが厚生労働省が定める基準を満たす精度を持ったもので現在35の製品があります。

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000858746.pdf

これら以外のものはわかりやすく言えば、厚生労働省の定める基準を満たさない精度の低いものです。

 

PCR検査をはじめとする遺伝子増幅検査はコロナウィルスの数を増幅し検出しやすくする方法で、例えばRTーPCR法は1サーマルサイクルごとにウィルスの量が2倍になります。

一般的に34サーマルサイクル程度の増幅が多いので2の34乗倍すなはち約170億倍にウィルスを増殖させてウィルスを検出します。

一方で抗原検査は鼻腔に存在するウィルスをそのまま検出する検査なので感度はPCR検査に比べて圧倒的に劣ります。

ですので抗原検査では微量のウィルスしか存在しない状況では陽性と判定されません。

現実に抗原検査では陰性だった方がPCR検査では陽性と診断されることは珍しくありません。

PCR検査で陽性の人が抗原検査で陽性と診断される確率はどの程度でしょうか?

臨床用の抗原検査キットの中でも最も感度の高いもののひとつであるクイックナビでは

有症状の場合に89.3%、無症状の場合に67.1%です。

有症状の新型コロナ感染症の場合には鼻腔に既に相当数のウィルスが存在すると考えられます。

(逆に言うとウィルスが多いから症状がある)

こういう場合はPCR検査と比しても89.3%の感度があります。

しかしながら鼻腔に少量のウィルスしか存在しない無症状の場合は感度は67.1%に過ぎません。

 

抗原検査は発症後1日目から9日目の間に用いることが推奨されています。

無症状の場合には感度が低いからです。

すなはち無症状の方に抗原検査をして陰性だからと言ってウィルスがいないということにはなりません。

大きなイベントの前に関係者に抗原検査をして安全を確認するということがよく行われています。

しかしこの方法は上記の理由から危険です。

 

抗原検査は安価で結果が判明するまでの時間が数分程度と短く正しく使えば有用な検査です。

検査はその検査の特徴を知ったうえで用いるようにして下さい。

くれぐれも抗原検査で陰性確認などされないようにして下さい。

 

 

 

私は本を読むことが好きです。

ドキュメンタリー・歴史・政治や経済などいろんなジャンルの本を読みます。

主にブックオフの古本をたくさん買って次に読もうと置いてある本は数え切れません。

昨年読んだ中で最も印象深いのは『21Lessons』(ユヴァル・ノア・ハラリ著)です。

著者はエルサレム・ヘブライ大学の歴史学の教授なのですが過去の歴史から近未来を予想するという内容であまりに鋭い指摘にぞっとしたりします。

非常に示唆に富んで、もしかしたら私が生涯読んだ本の中で最も感銘を受けた本かもしれません。

『スマートフォンに目が釘付けになったまま通りを歩き回るゾンビたちを見たことがあるだろう。あなたは彼らがテクノロジーを支配していると思うだろうか?それともテクノロジーが彼らを支配しているのか?』

『イデオロギーに加えて、営利企業も虚構とフェイクニュースに頼っている。ブランド戦略は人々が真実と信じ込むまで同じ虚構の物語を何度となく語るという手法を取ることが多い。あなたはコカ・コーラについて考えた時どんな画像が頭に思い浮かぶだろうか?若くて健康な人々がスポーツをしながら一緒に楽しんでいるところを思い描くだろうか?あるいは太りすぎの糖尿病患者が病院のベッドに横たわっている姿を想像するだろうか?コカ・コーラをたくさん飲んでも若返れないし、健康になれないし、運動が得意にもなれない。むしろ肥満と糖尿病になる危険が高まる。それにもかかわらずコカ・コーラは長年莫大な資金を投じて自らを若さや健康やスポーツと結び付けてきた。そして何十億という人が潜在意識の中でその結びつきを信じている』

『世の中はますます複雑になっているのに、人々は今起こっていることにいかに無知であるか、気づけていない。その結果、気象学や生物学にろくな知識も持たない人が平気で気候変動や遺伝子組み換え作物についての政策を提案したり、イラクやウクライナを地図で見つけられない人がそうした国で何をするべきかに関して恐ろしく強硬な意見を唱えたりする。人々が自分の無知を正しく認識することはめったにない。なぜなら人々は同じ意見の友人や自分の意見を言裏付けるオンライオン配信のニュースからなる殻に閉じこもっておりそこでは自分の意見が絶えず増幅され正当性を問われることは稀だからだ』

等々、鋭すぎて背筋が凝りそうな指摘の連続です。

高校生の頃に『第三の波』(アルビン・トフラー著)を読んでいたく感動した記憶があります。

2022年の現在から見ればなんて言うことのない内容かもしれませんが、あの当時は情報工学が産業構造を変えるという予想の意味が全く理解できないままワクワク・ゾクゾクしました。

ハラリ氏は『もし何らかの問題が自分にとって格別に重要に思えるのなら、関連した科学文献を読む努力をすることだ。ただし、科学文献といっても専門家の査読を受けた論文や名の知れた学術出版社が刊行した書籍や定評のある大学や機関の教授の著作に限る。』

とも訴えています。

パソコンで何か調べ物をしていると私の気を誘うような期間限定バーゲン品の情報や格闘技のニュースや政治家のスキャンダルなどの無料のニュースが次々にポップアップし私にクリックさせようと躍起です。

そんな罠にはまったら最後1時間も2時間も無駄な時間を奪われた挙句に変な先入観を植え付けられます。

氾濫する情報の中で真実を見つけるには無料の情報には要注意です。

情報は力で、役に立つ情報はお金を支払う価値があるとも思います。

面倒くさがって自分の頭で考えない癖がつかないように気を払い、真偽不明の情報を鵜吞みにしない賢さが今流行りのcritical thinkingなんでしょうね。

当院に設置しております新型コロナウィルスを検出するリアルタイムRT-PCRは島津製作所製 Auto Amp と言い、一度に4検体が測定できますが結果判明に130分程度かかります。

主に唾液を用いて(鼻咽頭粘膜も可能)検査しますが、唾液の性情に影響を与える口腔内の状況により上手く検査ができなかったり偽陰性になったりするそうです。

特に唾液採取直前にカテキンを多く含む緑茶を接種するとカテキンの殺菌作用により偽陰性になるそうです。

ですのでPCRをご希望の方は来院前には緑茶の接種をお控え頂くのが望ましいと思います。

ところで、世界の中で日本だけが新型コロナウィルス流行が沈静化しています。

理由は多くの仮説があるものの証明された根拠のある説はなく、研究者の間でもミステリーと言われているようです。

もしかしたら日本人が多く摂取する緑茶の効果もあるのでしょうか?

そう言えば新型コロナウィルス対策に毎晩アルコールで喉や胃を消毒しているという方がおられました。

効果は・・・?

 

コロナウィルスパンデミックで本当に多くのことを経験し多くのことを学びました。

現在当院で実施している発熱外来は、発熱または上気道炎症状のある方は受診前に予め問診をし階下の別室で診察をする、発熱患者さんを一般の患者さんから完全に隔離するという方法です。

これはもちろん新型コロナ感染症を念頭に置いたものなのですが、どうして今までこのような方式をとらなかったのだろうと自問自答することがあります。

パンデミック前を思い出せば、特に冬の風邪の季節にはどこの医療機関も同じ待合室に糖尿病の方、喘息でステロイドホルモンを服用されている方、膠原病で免疫抑制剤を使用中の方や肺気腫の方が風邪やインフルエンザの方と一緒にお待ちでした。

新型コロナ肺炎を診療するようになって感染対策に配慮するようになった今から考えると、以前はなんと配慮のないことをしていたのかと痛感します。

単なる風邪でも肺気腫の方や免疫機能の抑制されている方は時として致死的になります。

いつかこの新型コロナウィルスパンデミックが終息しても、私は現在の発熱外来という診療方法を継続しようと思います。

ヤフーが中国から撤退するというニュースを耳にしました。

中国や北朝鮮などの共産主義国家ではネットの検閲があるとお聞きしています。

しかし時々日本でも検閲があるのではないかと疑いたくなるくらい検索でヒットしないキーワードがあります。

『t-PA スキャンダル』

がその一つです。

我々医師は各学会発表のガイドラインに沿った形で診療を勧めます。

そしてそのガイドラインは学会で主導的立場にある研究者たちの合議で作成されていました。

t-PAという高額な薬剤がある年に突如として急性心筋梗塞や脳卒中の第一選択薬として推奨されました。

このガイドラインには当時駆け出しの医師だった私にも大きな違和感がありました。

急性心筋梗塞に対してはバルーンを使って血管を拡張させるPTCAという治療が既に根付きつつあったからです。

結局そのガイドラインは大きな議論を呼び、あっという間に改定されました。

そしてガイドライン策定委員会の医師たちに製薬会社から高額の献金がされていたというスキャンダルが発覚しガイドライン作成のありかたそのものを考え直すきっかけになりました。

https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/hotnews/archives/176990.html

現在でガイドラインは参考にした研究や論文を挙げ、その論文からその治療がどの程度の根拠をもって推奨されるのかという表現形式に変わっています。

また正式に発表される前に原案が公開されパブリックコメントが求められます。

より公平な形で作成されているという訳です。

 

この事件は現在ネットで検索しても本当にヒットせず上記リンクのみが唯一のヒットです。

この事件をヒントに作成された映画がハリソン・フォード主演の「逃亡者」だと言われています。

私より若い世代の医師はおそらくこの出来事を知らない人が多いのではないでしょうか?