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私が小学生の頃は金曜日の夜8時には家族全員でテレビの前でプロレスを観戦するというのが日本のありふれた光景だったように思います。

今では他の格闘技に押されテレビ放映も見かけなくなりましたが、あれほど国民を熱狂させたイベントも少なかったのではないでしょうか?

プロレスラーは鍛えた自分の肉体で相手の技を受け、相手を光らせるのが仕事です。

他の格闘技のように相手のパンチやキックを避けていたら試合にならない、そんなスポーツです。

『相手に花を持たせてなんぼ』は分かる人には分かるけど、分からない人には分からないでしょうね。

以前ある雑誌のインタビューで前田日明さんが

『私も長州力も藤波辰爾さんの作品です』

と語るのを聞きました。

この言葉にグッとくるのはきっと良い人です。

 

 

コロナウィルス・パンデミック以降頻繁にPCRという言葉を聞くようになったと思います。

しかしこのPCRという言葉が独り歩きをして誤解をされている例も多いように思います。

PCRは polimerase chain reaction の略で2本鎖DNAを何倍にも増やす技術です。

ご存じのように生物の設計図である遺伝子は多くの場合DNA(デオキシリボ核酸)です。

DNAはA(アデニン)・T(チミン)・G(グアニン)・C(シトシン)の4種類の塩基が順番に並んで構成されています。

例えばATTCGTCAACTTGCT・・・といった具合に並んだ塩基配列が人間を含む生物の設計図(遺伝子)です。

そしてDNAは二重(らせん)構造といって、同様の内容を持つ塩基配列が二本一対になっています。

実はこのDNAは高熱になると一本鎖ずつに離れ、温度が下がると二本鎖に戻る性質があります。

PCRは、まず試験管の中のDNAを熱して一本鎖ずつに離します。

そして冷やす際にプライマーと呼ばれるDNAの端の部分を加えておくと、まず一本鎖のDNAの端にそのプライマーが結合します。

さらに試験管内にDNAポリメラーゼという、塩基を並べて結合させDNAを作る酵素とそれに加えて十分の塩基を入れておくと、プライマーの次にDNAポリメラーゼが元の一本鎖DNAの配列に合う塩基を次々と並べてゆき一本鎖DNAから二本鎖DNAを作り出します。

すなはち二本鎖DNAが2倍に増えるというわけです。

これを2回繰り返すとDNAは4倍になり3回繰り返すと8倍になります。

当院で採用している島津製作所のAuto Ampはこの温度の上げ下げ(サーマルサイクル)を約34回実施しますので2の34乗倍すなはち約170億倍にウィルスを増幅することになります。

しかし、実は現在のPCRの多くはウィルスそのものを増幅させる訳ではありません。

実際にはウィルスの一部、約16塩基対の部分を二か所増幅し検出します。

16塩基対と言っても塩基はATGCの4種類ですから4の16乗すなはち約43億通りの塩基配列がありそれを二か所検出しますので生物を特定するには十分の情報量です。

そもそも、院内でウィルスそのものを増幅していたら危険極まりありません。

当院でPCRを実施して二か所の塩基対のうち一か所だけが検出されることがあります。

これは、ウィルスの残骸分かりやすく言えば死んだウィルスを検出していると考えられます。

環境中の、例えばテーブルを拭いた布からPCRでコロナウィルスが検出された、という記事を見かけますが、これは必ずしも感染性のある生きたウィルスを意味しません。

多くの場合死菌です。

咳のしぶきの中のウィルスは床に落ちるとそんなに長時間は生きられないことが分かっています。

新型コロナウィルスに感染し症状が消失する10日目ごろにPCRをすると死菌を増殖して陽性と判定されることがよく見られます。

PCRは感染性のない死んだウィルスでも検出するのです。

ですので、PCR陽性イコール感染性を意味するものではありません。

PCRが万能であるという概念は誤解です。

 

WHOのホームページを読むと新型コロナウィルスに対する知見も経時的に少しずつ変化しています。

当初盛んに言われていた接触感染は最新の記述では否定的のようです。

すはなち、アルコール消毒や手洗いなどはそれほど必要ではないのかもしれません。

一方飛沫感染に加えてエアロゾルという記述がみられるようになりました。

従来の飛沫感染よりももう少し長時間空気中にウィルスがとどまる可能性が示唆されています。

新型コロナウィルスに対する知見が集積されるにつれて従来の概念が間違っていたことが判明する場合もあります。

最新の情報はテレビや雑誌によらず、WHOや国立感染症研究所のHPから得るのが良いと思います。

 

 

 

 

 

 

 

新型コロナウィルス感染の第7波が本格化し発熱される方も急増しています。

医療機関が発熱患者様の対応に追われる状況で医療はひっ迫し受診できる医療機関を探すのに苦労される方もおられると思います。

特に日曜・祝日には対応医療機関が少なくなりお困りのことと思います。

大阪府から日曜・祝日の発熱外来につき対応するよう各医療機関に通達があり、各医療機関は不定期に日曜・祝日の発熱外来の実施を予定しています。

日曜・祝日の当日にどこの医療機関が発熱外来を実施しているかは下記のリンクから閲覧できますので参考にして下さい。

https://www.pref.osaka.lg.jp/iryo/osakakansensho/sinryokensa.html

当院が大阪府に届け出ています日曜日・祝日の発熱外来の予定は8月・9月については

8月11日(祝)

8月15日(盆)

9月4日(日)

9月23日(祝)

の9:00~12:00です。

ご利用頂けましたら幸いです。

 

10年以上前の話ですが、私が実際に経験したことを紹介したいと思います。

HIV(エイズのウィルス)のスクリーニング検査は感度99.9%、特異度99.9%の優れた検査です。

ある日20歳過ぎの若い女性が健診(たしか献血だったと思います)でHIV陽性を指摘されたと受診されました。

その方は、自分はそんなウィルスに感染するようなことは全く身に覚えがないとのことでした。

そのことを言うと家族から「嘘つき」と言われたと、目に涙を浮かべながら話されました。

 

はたして、この女性は本当に噓をついているのでしょうか?

ところで感度と特異度とは何でしょうか?

感度は「感染者を陽性と判定する確率」で

特異度は「非感染者を陰性と判定する確率」です。

日本におけるHIV陽性者は約10万人にひとりです。

例えば、日本人10万人にHIVのスクリーニング検査をした場合、その10万人にはHIV感染者が1名と非感染者が99,999人含まれます。

その感染者1人は99.9%の確率で陽性ですから0.999人即ちほぼ1人の陽性者がいることになります。

特異度99.9%とは100人の非感染者を99.9%の確率で陰性と判断しますから、言い換えると100人のうち0.1人の偽陽性者がいることになります。

ですので、99,999人のうち0.1%つまり99.9人=約100人の偽陽性者がいることになります。

まとめますと、日本人10万人にHIVスクリーニング検査をすると1名の感染者と100名の非感染者が陽性と判定され、

スクリーニング検査でHIV陽性と判断された場合100/101の確率で偽陽性です。

 

その女性は2次精密検査でHIVに感染していないことが証明されました。

これは正しい知識を持たず、先入観だけで物事を判断したために重大な人権侵害を犯した例です。

似たようなことはコロナウィルスパンデミックでもありました。

 

 

 

内科学会で面白い問題がありましたのでご紹介いたします。

「ある新薬Aが発売されました。

この薬を内服すると2年後には認知症の発症率が既存薬に比して33%減少し0.1%になりました」

さて、あなたはこの薬を飲みますか?

 

認知症の発症が33%も減るのだから飲みたい、と多くの方は思われるかも知れません。

似たような広告は巷には氾濫しています。

 

さて、この新薬Aの効果につき詳しく考えてみましょう。

33%減少し0.1%になったということは既存薬では発症率が0.15%であったということです。

すなはち既存の治療薬では100人に0.15人、言い換えれば10,000人に15人が発症していたのが、

新薬Aでは100人に0.1人、言い換えれば10,000人に10人に減ったという意味ですから

10,000人の方が新薬Aを服用し5人の方が発症を抑えられたということです。

つまり1人の発症抑制効果を得るのに2,000人の人がこの新薬Aを飲む必要があるというわけです。

もっと言うならば2,000人の服用者のうち1,999人はこの薬の恩恵はないという意味になります。

一人の効果を得るために何人がその薬を飲む必要があるのかというのを

NNT(number needed to treat)と言います。

この新薬Aの場合はNNT=2,000ということになりますね。

 

さて、あなたはこの薬を飲みますか?

 

今年もクリニックのつつじがきれいに咲きました。

本当に美しい色で毎年この季節が楽しみです。

私はつつじと言えば武田信玄を連想します。

まだ小学生だったと思いますが、NHKの大河ドラマ「国盗り物語」に夢中になった記憶があります。

戦国武将たちの波乱万丈のリアルストーリーにワクワクドキドキ胸を躍らせながら他にもたくさんの物語を読みました。

その中で私が一番興味を持ったのが甲斐の武田晴信(信玄)です。

武田信玄の残した名言は多くありますが、一番有名なのは

「人は石垣、人は城。人は城なり、城は人なり」

ではないでしょうか?

どんなに巨大で堅牢な城を築いても裏切り者がいれば必ず敗れる、と言って生涯にわたって城を居城とせず、躑躅(つつじ)が崎と呼ばれる館に住んだそうです。

天下統一の最有力候補と言われた英雄がこのつつじを眺めながら何を想ったのか、想像するのも楽しいと思いませんか?

興味を持ったことは、できるだけ一次資料を読むようにしていますが、さすがにこの時代の古文書を読む力はないので歴史学者の文献を読みます。

甲陽軍鑑などに描かれている人物像は脚色が多く、実際のところは物語で描かれている脂ぎった豪傑ではなく、細面の優男で同性愛者であったそうです。

毎年このつつじを眺めながら、英雄と言われた人間が実際にはどんな人だったのだろうか、どんな苦悩と闘ったのだろうかと想像します。

 

パンデミックのおかげでオンラインの活用が一層増えました。

学校のオンライン授業が思うほど増えないのは意外ですが、しかしオンライン学習の機会は確実に増えているようです。

学会の教育講演や生涯教育などはオンラインで参加できますし、多くの研修も You Tube で可能です。

先日、アメリカの完全オンライン大学である、ミネルバ大学の創始者ベン・ネルソンさんのインタビューをお聞きしその革新的な理念に驚きました。

実際、ネットをどう活用するのかが今後の大きな課題なのでしょうね。

COURSERAというオンラインの学習コースを利用することがあります。

今まで数個のコースを修めました。

もちろん正規の大学卒業の資格などは得られませんが、有名な大学や企業が数週間のコースを多く無料で提供しておりお勧めです。

参加者のコミュニティもあり、アジアでは中国人の生徒が飛びぬけて多いようです。

各セクションにはテストがあり期限までにそれに合格しないと先に進めないものもありました。

下記はスイスのチューリッヒ大学医学部循環器内科主催の心筋梗塞に関するコースの修了証書です。

いろんな分野のコースがあり数え切れないほどです。

興味のある方は、サイトでどんなコースがあるのかだけでもご覧ください。

きっと興味を持たれると思います。

 

クリニックにご縁のある方がピザ屋さんをオープンされます。

楽しみです。

 

最近は抗原検査キットが市販され自身で検査が手軽にできるようになりました。

しかしこの抗原検査はその特徴と有用性さらに限界を知って使わないと間違った判断をすることがあります。

抗原検査キットには臨床用(診断用)と明記されているものとそうでない例えば研究用などと記載されているものがあります。

臨床用(診断用)キットとは下記のリンクをご覧いただければ分かりますが厚生労働省が定める基準を満たす精度を持ったもので現在35の製品があります。

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000858746.pdf

これら以外のものはわかりやすく言えば、厚生労働省の定める基準を満たさない精度の低いものです。

 

PCR検査をはじめとする遺伝子増幅検査はコロナウィルスの数を増幅し検出しやすくする方法で、例えばRTーPCR法は1サーマルサイクルごとにウィルスの量が2倍になります。

一般的に34サーマルサイクル程度の増幅が多いので2の34乗倍すなはち約170億倍にウィルスを増殖させてウィルスを検出します。

一方で抗原検査は鼻腔に存在するウィルスをそのまま検出する検査なので感度はPCR検査に比べて圧倒的に劣ります。

ですので抗原検査では微量のウィルスしか存在しない状況では陽性と判定されません。

現実に抗原検査では陰性だった方がPCR検査では陽性と診断されることは珍しくありません。

PCR検査で陽性の人が抗原検査で陽性と診断される確率はどの程度でしょうか?

臨床用の抗原検査キットの中でも最も感度の高いもののひとつであるクイックナビでは

有症状の場合に89.3%、無症状の場合に67.1%です。

有症状の新型コロナ感染症の場合には鼻腔に既に相当数のウィルスが存在すると考えられます。

(逆に言うとウィルスが多いから症状がある)

こういう場合はPCR検査と比しても89.3%の感度があります。

しかしながら鼻腔に少量のウィルスしか存在しない無症状の場合は感度は67.1%に過ぎません。

 

抗原検査は発症後1日目から9日目の間に用いることが推奨されています。

無症状の場合には感度が低いからです。

すなはち無症状の方に抗原検査をして陰性だからと言ってウィルスがいないということにはなりません。

大きなイベントの前に関係者に抗原検査をして安全を確認するということがよく行われています。

しかしこの方法は上記の理由から危険です。

 

抗原検査は安価で結果が判明するまでの時間が数分程度と短く正しく使えば有用な検査です。

検査はその検査の特徴を知ったうえで用いるようにして下さい。

くれぐれも抗原検査で陰性確認などされないようにして下さい。

 

 

 

私は本を読むことが好きです。

ドキュメンタリー・歴史・政治や経済などいろんなジャンルの本を読みます。

主にブックオフの古本をたくさん買って次に読もうと置いてある本は数え切れません。

昨年読んだ中で最も印象深いのは『21Lessons』(ユヴァル・ノア・ハラリ著)です。

著者はエルサレム・ヘブライ大学の歴史学の教授なのですが過去の歴史から近未来を予想するという内容であまりに鋭い指摘にぞっとしたりします。

非常に示唆に富んで、もしかしたら私が生涯読んだ本の中で最も感銘を受けた本かもしれません。

『スマートフォンに目が釘付けになったまま通りを歩き回るゾンビたちを見たことがあるだろう。あなたは彼らがテクノロジーを支配していると思うだろうか?それともテクノロジーが彼らを支配しているのか?』

『イデオロギーに加えて、営利企業も虚構とフェイクニュースに頼っている。ブランド戦略は人々が真実と信じ込むまで同じ虚構の物語を何度となく語るという手法を取ることが多い。あなたはコカ・コーラについて考えた時どんな画像が頭に思い浮かぶだろうか?若くて健康な人々がスポーツをしながら一緒に楽しんでいるところを思い描くだろうか?あるいは太りすぎの糖尿病患者が病院のベッドに横たわっている姿を想像するだろうか?コカ・コーラをたくさん飲んでも若返れないし、健康になれないし、運動が得意にもなれない。むしろ肥満と糖尿病になる危険が高まる。それにもかかわらずコカ・コーラは長年莫大な資金を投じて自らを若さや健康やスポーツと結び付けてきた。そして何十億という人が潜在意識の中でその結びつきを信じている』

『世の中はますます複雑になっているのに、人々は今起こっていることにいかに無知であるか、気づけていない。その結果、気象学や生物学にろくな知識も持たない人が平気で気候変動や遺伝子組み換え作物についての政策を提案したり、イラクやウクライナを地図で見つけられない人がそうした国で何をするべきかに関して恐ろしく強硬な意見を唱えたりする。人々が自分の無知を正しく認識することはめったにない。なぜなら人々は同じ意見の友人や自分の意見を言裏付けるオンライオン配信のニュースからなる殻に閉じこもっておりそこでは自分の意見が絶えず増幅され正当性を問われることは稀だからだ』

等々、鋭すぎて背筋が凝りそうな指摘の連続です。

高校生の頃に『第三の波』(アルビン・トフラー著)を読んでいたく感動した記憶があります。

2022年の現在から見ればなんて言うことのない内容かもしれませんが、あの当時は情報工学が産業構造を変えるという予想の意味が全く理解できないままワクワク・ゾクゾクしました。

ハラリ氏は『もし何らかの問題が自分にとって格別に重要に思えるのなら、関連した科学文献を読む努力をすることだ。ただし、科学文献といっても専門家の査読を受けた論文や名の知れた学術出版社が刊行した書籍や定評のある大学や機関の教授の著作に限る。』

とも訴えています。

パソコンで何か調べ物をしていると私の気を誘うような期間限定バーゲン品の情報や格闘技のニュースや政治家のスキャンダルなどの無料のニュースが次々にポップアップし私にクリックさせようと躍起です。

そんな罠にはまったら最後1時間も2時間も無駄な時間を奪われた挙句に変な先入観を植え付けられます。

氾濫する情報の中で真実を見つけるには無料の情報には要注意です。

情報は力で、役に立つ情報はお金を支払う価値があるとも思います。

面倒くさがって自分の頭で考えない癖がつかないように気を払い、真偽不明の情報を鵜吞みにしない賢さが今流行りのcritical thinkingなんでしょうね。