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大動脈は左心室から出る太さ2~3cmもあるゴムホースのような血管です。

その中の圧力はご存じのように上腕で測定する血圧と同じで120mmHg 程度です。

mmHgというのは水銀をどの程度の高さまで押し上げるかという意味ですが、水銀の比重は13.6ですので120mmHgは水柱で換算すると1,632mmH2Oになりますので120mmHgの血圧の動脈を針で刺して穴をあけると1m63cmの高さまで血液が噴き出すことになります。

凄い圧力ですね。

腎臓は大動脈から数cmしか離れていないのに分岐を繰り返し糸球体という極めて細い血管になります。

糸球体はひとつが0.1~0.2mmの大きさの細い血管の塊で片方の腎臓に約100万個存在します。

大動脈→腎動脈→葉間動脈→弓状動脈→輸入細動脈→糸球体→輸出細動脈と分岐を繰り返し糸球体に血液を供給しますが、

大動脈の圧力を120mmHgとすると、輸入細動脈は70~80mmHg、輸出細動脈は20~30mmHg前後ですので、即ち糸球体の血管にかかる圧力は50mmHgということになります。

0.1mmの細い血管の塊にこんなに高い圧力がかかっているとは驚きですね。

 

 

 

高血圧治療の目的は脳卒中・動脈硬化症や腎不全といった臓器障害を未然に防ぐためです。

ですので単に血圧を下げること以外にも、守るべき臓器によって降圧剤の選択は異なります。

全ての高血圧は同じ薬でOKというわけにはいきません。

腎臓に不安のある場合は全身血圧のコントロール以外に糸球体ろ過圧に対する配慮が不可欠です。

 

腎臓は糸球体という小さな濾紙で血液をろ過して尿を作る臓器で、一つの腎臓には約100万個の糸球体があります。

糸球体には輸入動脈から血液が流れ込み、輸出動脈から血液が出ていきますので輸入動脈と輸出動脈の圧の差がろ紙にかかる圧でその圧が高いほど多くろ過されます。

 

腎障害は一旦発症すると徐々に進行する運命にあります。

これはどういうことでしょう?

腎障害というのは多くの場合糸球体の障害で、糸球体のろ紙が目詰まりを起こしていることに例えられます。

例えば100万個の糸球体のうち1万個が目詰まりをおこすと、残りの99万個の糸球体でそれまでと同じ仕事をこなさなくてはなりません。

すなはち腎障害が少しでもおこれば残りの糸球体にしわ寄せがかかり、残った一つ一つの糸球体はそれまでより多くのろ過をしなければならなくなります。

Hyperfiltration Theory という有名な説があり、残った糸球体が過ろ過を続ければその糸球体のろ紙も目詰まりをおこしてしまうという説です。

ですので一旦糸球体障害が起これば残りの糸球体に過ろ過がおこり、次々に糸球体が目詰まりをおこして腎障害が進行していくというわけです。

1万個の糸球体の障害の場合には残った糸球体の仕事は約1%しか増えませんが、50万個の糸球体が障害を受けた場合には残った糸球体の仕事量は倍になります。

ですので、腎障害は進行すれば進行するほど進行する速度が速くなります。

 

 

 

 

 

左心室の機能を測る上で大切なのが拡張機能です。

収縮機能は左心室がポンプとしてどの程度血液を駆出する力があるかを測る、いわばポンプとしての能力です。

一方、拡張機能は左心房から左心室への血液の流入のしやすさです。

左心室への血液の流入は

・拡張早期

・心房収縮期

の二相に分かれます。

収縮を終えたばかりの左心室が自然に拡張する時点で左心房ー左心室間の僧帽弁が開き血液が流入します(拡張早期)。

そして、左心房から左心室への血液の流入が終わったころに、左心房が収縮しさらに左心室に血液を押し込みます(心房収縮期)。

一般には流量は

拡張早期>心房収縮期

ですが、左心室が硬くなり広がりにくくなると

拡張早期<心房収縮期

となります。

これは超音波検査で簡単に調べることができます。

この左心室の拡張機能障害は、高血圧や心筋症あるいは大動脈弁狭窄症のために左心室の筋肉が肥厚した状況などでみられます。

収縮機能の維持された心不全(HFpEF:ヘフペフ)はこういう状態で、分かりやすく言うと左心室に血液が流入しにくくなってその手前の肺に血液が渋滞を起こしている(肺うっ血)ことです。

「拡張機能障害による肺うっ血」と呼べば分かりやすいと思うのですが、なぜが学会では「収縮機能の正常な心不全」と呼ばれます。

 

 

ほとんどの高血圧は「原因のない」本態性高血圧と言われますが、実際には複数の遺伝因子と生活環境が関与する多因子疾患です。

遺伝子要因は、それを持っている人は持っていない人に比べて高血圧の発生が高いのですが単純に血圧を上昇させるというより食塩感受性を亢進させる影響が大きいと言われています。

個々の遺伝子を操作することはできませんが、その遺伝子を持っていても塩分制限などの生活習慣の改善で高血圧の発症を防ぐことは可能です。

言い換えるとどんなにたくさん塩分を摂取しても血圧の上昇しない体質は獲得できませんが、塩分摂取量を制限することで血圧を下げることは可能です。

一方稀な遺伝子変異により引き起こされる特殊な高血圧も存在しますが実際には極めてまれです。

リドル症候群・ゴードン症候群・ミネラルコルチコイド過剰症候群・家族性アルドステロン症・11β水酸化酵素欠損症などです。

これらは高血圧以外に電解質異常や男性化などの特徴的な症状があります。

本態性高血圧の場合には体質を変えることは困難ですが、塩分摂取制限などの生活習慣改善は可能です。

 

高血圧は脳の血管の動脈硬化に大きな影響を及ぼしますので血管性認知症の危険因子となります。

ただし、その効果は治療する年代に大きく依存します。

若年期・中年期の高血圧は中年期・更年期の認知症の危険因子であることが分かっており、高血圧を早期に治療することが後年の認知症予防効果につながります。

一方、高齢期になって治療をした場合には予防効果は証明されておらず低血圧もむしろ危険因子とされています。

ですので、認知症予防には高血圧は若年・中年期からの治療が有用ということになります。

 

大動脈瘤の多くは無症状で健診などで偶然発見されるケースが多いのですが、いったん破裂すると救命は容易ではなく破裂の予防が極めて重要です。

大動脈瘤破裂予防に関して降圧が重要なのは疑問の余地がありませんが、その方法に関するエビデンスは案外多くはありません。

ガイドラインには収縮期血圧を105ー120に維持することが推奨されていますが、降圧による副作用がなければ破裂予防には血圧は低ければ低いほど良いのではないかとも思います。

確固としたエビデンスがあるわけではないのですが、降圧薬は一般的にベータ遮断薬が推奨されています。

 

 

 

脳梗塞や冠動脈疾患あるいは心房細動のため抗血小板薬や抗凝固薬を内服される方が増えています。

これらの薬剤は血管が閉塞するのを予防するのですが主な副作用は出血、特に脳出血です。

高血圧は抗血小板薬や抗凝固薬内服中の方が脳出血を発症する危険因子であることが分かっていますので、これらの薬を内服中の方は特に血圧の治療が重要です。

大規模臨床研究ではこれらの薬を内服中の場合、血圧を8.9/4.0低下させると頭蓋内出血の発症が46%減少しています。

現在のガイドラインでは抗血小板薬や抗凝固薬を内服中の場合には血圧を130/80未満にコントロールすることが推奨されています。

 

血圧の受診間変動とは、外来受診時に診察室で記録する血圧の変動のことで、受診間変動が多いいというのは受診するたびに血圧が大きく違うことを意味します。

例えば前回の受診時に診察室で測定した収縮期血圧が120であり、次回の時が140であった場合には受診間変動は20ということになります。

若年期の受診間変動は中年期の海馬容積(アルツハイマー病は海馬の萎縮です)に関連しますし、高齢者の受診間変動は認知症発症の予測因子であることが分かっています。

降圧剤の中でもカルシウム拮抗薬とアンジオテンシン受容体拮抗薬の2種がこの受診間変動を小さくするという報告があります。

 

ご家庭で血圧測定を続けておられる人はお気づきかもしれませんが一般に冬には血圧は上昇します。

もちろん気温が低下し血管が収縮することも要因の一つと推定されていますが、気温の低下する時期と血圧が上昇する時期は必ずしも一致しません。

一年で最も血圧が上昇するのは最も気温が低くなる時期の2~3週間前です。

単純な気温の変化以外にも日照時間や活動性、ホルモンの年周期との関連も推定されています。

高変動群(冬場の血圧上昇が大きい人)や逆転群(冬場にむしろ血圧が低下する人)では脳心血管疾患の発症が多く、季節変動を先取りした血圧の調節が有用であると考えられます。

 

高血圧患者では脳卒中や心臓病・腎臓病の発症が多いのはご存じの通りですが、自覚症状としては現れていなくても検査をすることによって既に高血圧性の臓器障害があることがわかる場合があります。

①脳:高血圧は脳卒中のリスク因子であるばかりでなく、認知症・うつ病のリスクにもなります。

これらはいずれも発症してしまってからでは回復が困難な場合が多く、頭部MRIや眼底検査で早期の臓器障害を検出することが可能です

②心臓:高血圧による心臓への負荷や心筋虚血には心電図・心臓超音波検査が有用です。

③腎臓:高血圧による腎臓への障害を調べるにはまず検尿をします。

④血管:動脈の硬化性病変には頸動脈や下肢動脈の超音波検査が有用です。

もしこれらの検査で臓器障害が検出された場合には速やかな高血圧の治療が必要です。